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【大学の話】Power and Trust (Niklas Luhmann)

政治思想の授業で、ニコラス・ルーフマンを取り扱った。ドイツの学者で、いわゆるグランド・セオリーと呼ばれる「社会はどのように成り立っているのか?」ということを論じた人である。扱っているテーマがテーマなだけに翻訳文もかなり難解だし私も全部を理解したわけではないと思うのだけれど、面白かったからちょっとだけ書いておこうと思う。

①ソーシャル・システムについて

社会を説明する方法として、ルーフマンはSystemという言葉を使う。

A system is an autonomous domain in which particular conditions apply that escape one-to-one correspondence with the states in the environment

Systemの中では、特定のコード(言語などに特定の意味を与える共有のマナーのようなもの)を通して、コミュニケーションがとられている。Systemの内部はコミュニケーションによって繋がれているが、その外にはEnvironmentが対比される。Systemは決してEnvironmentから独立した存在ではないが、System自身を定義することと、意味を与えることに貢献している。どんどんと複雑化する社会において、systemがその複雑さを簡潔にし、個々人が理解することを可能にしている。

また、systemは自身を再生産する。Autopoesisという。中のアクターがsystemの中で生きることで、再度意味が強調され理解されて、再生産されていくわけだ。

似た論点を提示したタルコット・パーソンズとの違いは、パーソンズがStructure全体に注目した一方で、ルーフマンは各々のアクターに注目したわけで、結果として彼独自の「力」の定義につながるわけだ。

②どうして社会はこれほどに複雑化しているのか?

では、どうして複雑化しているのだろうか。ここに近代化がある。さまざまな問題が個々人の選択に起因すると考えられるようになった近代において、つまり個々人の自主性と世界への影響力が認められた近代において、各々の選択がよくわからない結果につながってしまうからこそ、それを理解するシステムが必要なわけだ。Theory of Complexity.
何か思い出すものがないだろうか。Concepts of Securityで散々やった、Riskの概念である。厳密にはRiskの概念はUllman Beckが体系化したのでルーフマンのそれではにのだが、ヨーロッパにおけるModernという概念が、中世的な時間と地理感覚の終了(過去ー現在ー未来の認知、および伝統的共同体の崩壊と国民国家の形成)というだけではなくて、複雑化の開始としても共通の重要性を守ることを認識したのだった。

③その社会の中で、何が大切なのだろうか?

ここで、タイトルの一つ、Trustという概念が出てくる。よくわからんシステムとしての社会が、「このようにシステムが機能するだろう」という予測可能性が社会に対する信頼となり、個々人の活動の基盤となりうる(多分)点において、Trustというものが必要とされている。

④ルーフマンにおける「力」の概念

Systemの中には、力が存在する。コミュニケーションを通して繋がった人々は、相手の選択肢を変えるという点で力を作用しうる。Person Aに対してPerson Bが少しでもその選択に影響を与えれば、それは力となる。これはなかなかに広大な定義だなあと思う。しかし、例えば Forcing Person B to do something by Person A, in the way otherwise Person B did not do みたいな強制力としての力よりも、より構造的な力を捉えられることには間違いない。

おわりに

これらの概念は、どちらかといえば社会学の概念だ。しかし、私にとっては色々と重要な意味を持っている。

一つ目は、先述したRiskの概念。国際関係学が社会学をはじめとする他の概念を下敷きにしていることは指摘されて久しいが、ここでようやく「そういう方向に進む可能性もあるのね!」と思ったわけである。同時に、Riskの概念もレジリエンスの概念も、厳密にいえばヨーロッパ近代化に重い影響を受けているわけで、近代化を異なった形式で経験した地域について語るのに使うことができるのか?というのは消えない疑問である。

二つ目。社会学ー言語学にまたがる’Communication’や’Discourse’の概念は、いわゆるクリティカル・ディスコース・アナリシスに重要な示唆を与える。適切な和訳が見つかりませんでしたが。人物Aと人物Bがいたとき、AがBに対して何かを伝え、Bが理解することでコミュニケーションがなりたつが、そのコミュニケーションを通して力が行き来したり、アイデンティティが作られたりするわけで、同時に周囲の環境などにも影響されるはずで、そのメカニズムを解明しようという手法だ。サスーの言語学・構造主義からフーコーのポスト構造主義に発展したのを背景に発展した手法だが、ルーフマン的な社会理解が反映されていることが明確ではないだろうか。実際、ハーバーマス・フーコーと並んで、ルーフマンを参照している文章もある。
そのような点において、この難解なドイツ哲学者は、色々と重要な示唆を与えてくれるのだった。

参考資料など

Baraldi, C., Corsi, G., Esposito, E., & Walker, K. (2021). Unlocking Luhmann: A Keyword Introduction to Systems Theory. Transcript Verlag. Available at: https://doi.org/10.2307/j.ctv2f9xsr5

Borch, C. (2005). 'Systemic Power: Luhmann, Foucault, and Analytics of Power', Acta Sociologica, 48 (2), pp. 155-167. Available at: https://www.jstor.org/stable/20059932

Holmstrom, S. (2007). 'Niklas Luhmann: Contingency, risk, trust and reflection', 33, pp.255-262. Doi:10.1016/j.pubrev.2007.05.003. 

Vanderstraeten, R. (2002). Parsons, Luhmann and the Theorem of Double Contingency. Journal of Classical Sociology, 2(1), pp. 77–92.  Available at: https://doi.org/10.1177/1468795X02002001684


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