小西大樹「ルーツはここからかもしれない」#6 中谷佐喜代②

「お…お義姉さん……い、いらっしゃい。あの、良く此処をご存知で。」

兄嫁のみ祢(みね)さんでした。私は兄夫婦に育てられた様な者です。お義姉さんが母代わりでした。

「お久しぶり、佐喜ちゃん。ちゃんと食べてる?少し痩せたんじゃないの。」
久しぶりに会うお義姉さんは、何でもお見通しだったのかも知れません。私がこの所、成保坊ちゃま……いえ、旦那様の妾としてこの住まいをご用意頂くと決まるまで、様々な方にご迷惑をお掛けしたり心苦しくて……心定まるまで、お食事が喉を通りづらかったのでした。

上がって頂き、一通り屋敷の中を確認する様に歩かれたお義姉さんは、私が淹れたお茶をごくごくと一息に飲まれてしまいました。

「お義姉さん、熱くないの。」
「佐喜ちゃん。あんたお屋敷で良いお茶飲んでたねえ。熱すぎもなく、温くない。丁度良いよ。あたしなんかあっつ熱の番茶だよ。」

「……え。そうなの。」
お屋敷では、茶碗を温めても熱湯ではお茶を淹れる事はありませんでした。つい、いつもの癖で、お義姉さんにお出ししたのです。

「あー美味しかった。佐喜ちゃんにお茶淹れてもらう日が来るなんてね。こないだまでこ~んな小っちゃかったのにねえ。」

「お義姉さん……それでは私が人じゃなくなっちゃいます。」
「あんたも飲もうよ。久しぶりに井戸端会議でもしようよ。でもさあ、あんたこのお屋敷に独りで住むのかい。ちょっと心細くないかい。いくら旦那様が通って来られるって言ったって、毎日じゃないだろう。」

二煎目を一緒に飲みながら、ぽつぽつと現況を話しました。
元の同僚……後輩の女中の智子さんが住み込みで身の回りの世話をしてくださる事になっている事、主治医は柴田家のお抱えのお医者様にお世話になる様にと定められている事、柴田家のお許しがあれば、私も手元でお仕事をしても良い事……など。

「はあ。結構肩身の狭そうな話なんだね。もっと自由が利くものと思ってたわ。」
「それより、お義姉さん。私は兄さんから勘当された身なのに、お義姉さんが此処に来ちゃって大丈夫なの。」
「なあに、実家の兄夫婦が体調悪いから、って嘘ついて出て来たから大丈夫よ。たまにはあの人に家と店と子供たちの世話とかね、あたしの日頃の苦労をわからせてやんなくちゃねえ。」

「まっ……お義姉さん、実家のお兄様はもうとっくに……。」

そうです。義姉のお兄様はもうすぐ七回忌の法要の時期だと思います。という事は、兄はとっくににお義姉さんが私の所へ来る事を承知なのでしょうか……。

「でもさあ、嘘ついて此処に来た甲斐が有ったよ。あんた、少し痩せたけど……幸せそうだ。」
「お義姉さん……。」
熱いものがこみ上げて来ます。兄夫婦にも可愛がって貰い、柴田家の旦那様や奥様に成保様との間柄をお許し頂いて、この家と、お世話係まで頂いてしまって……兄から勘当を言い渡されたとは言え、こうして兄嫁が様子を見に訪ねて来てくれる……私は幸せ者です。

「ああ、ほら、あたしは佐喜ちゃんを泣かせる為に来たんじゃないんだから、ね?」
「は、い……だって。」
「ねえ、泣き止んでおくれよ。こっちまで涙腺緩んじゃうよ。」

ひとしきり、二人で目を赤くして。そして笑って。変わってないわ、お義姉さん……。久しぶりに肉親の暖かさを味わいました。血は繋がっていなくとも、母親代わりの兄嫁です。久しぶりに肉親の有り難さを味わいました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?