小西大樹「ルーツはここからかもしれない」#11 柴田成保③

事実を代田家に告げて貰ってからしばらくして、あちらの御当主の従兄弟にあたる方が回答を持って来られました。

私は生憎と留守にしておりました。

「成保、成保は何処です。おミツ、成保をあたくしの部屋へ呼びなさい。直ぐにね。」

母は、普段よりも忙しなく女中に私を連れて来る様に言い付けた様子でした。

「坊ちゃま、お願い致します。お早く奥様のお部屋へおいで下さいまし。どうかお早く!」

おミツは息せき切って私の元へやって来て、私を母の部屋へと促しました。


「母様、成保です。入ります。」

襖越しに告げると、母はいきなり襖を開けて、
「成保、遅かったではないですか!あたくしは待ちくたびれましてよ!」と、大声を上げました。

いえ、それより母様、御自分で襖を開けるとは驚きです……ああ、いつも傍に居た佐喜代がいないのでしたね。いつもこの部屋の近くに待機していた彼女は、人が近付くとこの襖の前に座って居ましたね。

今までは、佐喜代は母の部屋近くに自分の部屋を与えられていましたが、その部屋は私の部屋とも近く、両親に近く仕えている者達には私と佐喜代の関係を知られていますから、結婚の話が浮上してからは、余計な荒波をこと立てない内に、後輩の今後の指導も兼ねて、女中たちの近くに彼女の部屋を与えて、そこから用のある時は奥へ来て貰っていました。

いつも母の傍には佐喜代がおりましたから、なんとなく寂しい気分でした。

「何を呆けているのです。早くこちらにお入りなさい!今日はあちらのお返事を持って代理の方がいらしたのよ……本当にこれで良いのかしら。」

母は、長椅子の肘掛けに躰を預けると、着物の裾を整えながら私に向かいの長椅子に腰掛ける様、手で仕草をしました。


すると、聞き慣れた足音と共に聞き慣れた声がしました。

「失礼致します。奥様、お茶をお持ち致しました。」

佐喜代の声でした。……この数日間は同じ屋敷内に居ても会えませんでした。


「ああ、丁度良かったわ。お入りなさい。」
「……はい、失礼致します。……あ……。」
「佐喜代。久しぶりだね。」
「坊ちゃま……お帰りなさいませ。」

佐喜代は少し俯くと、母と私にお茶と菓子を給仕して、部屋を退室しようとしました。もう少し……と思っていましたら


「佐喜代。お前にも関係がある話です。あたくしが許します。成保の隣にお座りなさい。」


母が珍しく、同席を許しました。

「……は、はい、失礼致します……。」

佐喜代はおずおずと、私の近くではなくて長椅子の端に腰掛けました。……佐喜代……。

「何です。そんな端に座っては、あたくしが話しづらいでは有りませんか。遠慮などせずに成保の傍にお座りなさい。そんな事ではこの子の妾になどなれませんよ。今から慣れておきなさい。」
「お、奥様……あの……申し訳ございません。それでは、失礼致します……。」

可哀想に、佐喜代は真っ赤な顔をして、私の隣の隣くらいの距離に近付きました。

あと、もう少しです。そこは私から近寄りました。母は呆れて物も言えない、と言った表情で、お茶を飲んでいました。


しばらくして、母がほう、とため息をついて、長椅子の上にあった濃い紫の布包みを、そっ、と座卓の隅に置きました。母がその包みをほどき、佐喜代の前に広げて、無表情で彼女に向かって信じられない言葉を口にいたしました。

「佐喜代。先ずはお前に話が有ります。お前には問いたい事が二つ有るのです。」

先ほどまで顔を赤らめていた佐喜代は、今度はその広げられた金子(きんす)や紙幣と母の表情を見て、即座に青ざめてしまいました。
「母様、それは!」

「成保、お前は黙っておいでなさい。あたくしは佐喜代に問うているのです。」

「……はい。」
母は何を聞きただしたいのだろう!

「佐喜代。包み隠さず話しなさい。成保はお前にお渡りをしましたか。」

「……お渡り……?」
「母様!私は貴人などでは有りません!それ以前に彼女を侮辱しないで下さい!」
「お黙りなさい!あたくしが話しているのは佐喜代ですよ!」

佐喜代は、私と母の会話から、その意味を悟ったようでした。……つまり、私が夜に彼女を訪ねたか、と。

「め、滅相もございません!そんな……そんな事、坊ちゃまは為さいません!」

佐喜代は弱々しく、しかしはっきりと否定しました。

私は傍らで何度も首を縦に動かしました。当然です。私には身に覚えが無い。

では、その金子(きんす)は何なのだろう。

「宜しい。二人を信じましょう。ところで佐喜代。何も聞かず何も云わずこの包みを持って実家へ帰れ、と言ったならどうしますか.。」

「!!」
これには私も佐喜代も互いに顔を見合わせてしまいました。絶句致しました。全く言葉にも出来ません。確かに父は佐喜代を妾にしても良い、と許してくれたはず。

佐喜代は、はらはらと両目から涙をこぼして、俯いてしまいました。
「佐喜代……これは違う。私の意思では無い!私はこの様な事は絶対許さない!」

「成保……お前の意見は聞いておりません。」
「母様!いい加減に……!」
佐喜代が私の腕を弱く掴んで、首を横に振りました。

「……奥様……私はお暇をさせて頂かねばなりませんでしょうか……。」
「佐喜代。あたくしが聞きたいのは、こちらを渡せば田舎に帰るか否か,です。」

佐喜代は激しく首を横に振り続けました。

「もし……私がこのお屋敷にお仕えさせて頂けないのでしたら、こちらはお返しして、そのままお暇を頂きたいと……。」
佐喜代の言葉は嗚咽を含み、言葉になりません。

「佐喜代、それは駄目だ!そんな事では私が困る!」
「ぼ……坊ちゃ、ま、で、ですが……っ、……。」


「……佐喜代?まだ気付きませんの。おかしいわね……。」


無表情でした母の顔が曇っておりました。

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