小西大樹「ルーツはここからかもしれない」#12 柴田成保④
母は、しゃくり上げながら泣いてしまった佐喜代を見ては、空(くう)を見つめて、また彼女を見てを繰り返しておりました。
私はとうとう我慢が出来ずに彼女を抱きしめて、背中を優しく……の積もりが、少し強かったでしょうか、佐喜代がふうっ、と息を吐きました。
「佐喜代……こんな事は有り得ないから。大丈夫だから。私の本意では無いから。安心しなさい。」
「…………。」
佐喜代は声も出せません。はらはらと涙がとめどなく溢れて、私の胸を濡らさぬ様に、自分の袖で顔を覆っていました。
「……佐喜代。まだ思い出さないの。」
母がやっと、絞り出す様に言葉を発しました。
「……はい?おくさ……ま?」
私の胸の中から顔を上げ、袂で顔を拭うと、私の腕を優しくほどいて母に向き合いました。
全ては母の嘘の芝居でありました。
……後日、母と佐喜代から詳細を聞いた話では、二月前に母が彼女を連れて芝居見物に出掛けたのだと。
そこで、身分違いの恋の最中の主人公たちの背景が、当家と似ていた、と。芝居の中で、両親が金子(きんす)を見せて、主人公たちの覚悟を確かめる場面が有ったのだと。
その芝居は、最後は大団円で終幕になったとのこと……。母曰く、その場面を再現すれば、母の祝福の気持ちが彼女に必ずや伝わると思い込んでいたこと……!
なんという茶番劇でしょう!母の思慮目論見は、全て裏目に出てしまいました。
それなのに母は、
「佐喜代が本当だと信じてしまったのは、あたくしのお芝居が真に迫っていたからなのね?あたくしには才能が有るのかしら。ほほほ。」
……私と佐喜代が脱力致しましたのは想像に難くないと思われ。
それから、肝心な本題である代田家の返事を聞きました。
どうやら、当家に嫁いでみえる予定のお嬢さんは……少々世間一般の方々とは……かけ離れた方の様でした。
婚約者は、私の妻となった後、将来ずっと、佐喜代と何の障害も無く往き来出来うる関係で有ること。
それが婚姻を結ぶ為の条件だと言うことでした。
佐喜代をどの様にして守るべきか?
一難去ってまた一難とは言い得て妙です。
私はただ、佐喜代と夫婦になりたいだけなのに……大団円、とまでは行かなくとも、せめて誰もが納得出来る形に治まらないだろうか。甘い考えであるのは百も承知です。
私は様々な観点から、私達の将来を考えねばなりませんでした。
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