小西大樹「ルーツはここからかもしれない」#7 中谷佐喜代③

「……何だって?佐喜ちゃん、あんたまだちゃんとした妾になってないのかい。」
「はい……だって、成保様の御結婚が本決まりになって、来月にはお式が執り行われますから、先ずはそちらを優先致しませんと。」
「それは、柴田家のお言いつけかい。」
「いえ……それは、私のお願いを成保様が聞いて下さって。」

「だろうね。あんたが考えそうな事だよ。全く似たもの兄妹だよ。変なとこでお堅いんだから。旦那様も大変だね。」

「そんな。ただ、あちらの奥様になられるお嬢様が、私の事を認めて下さる条件に、その方と私が何の障害も無く、いつでも往き来出来る様であること、と仰ったそうなんです。ですから余計に……奥様の先を越そうなどとは私には考えられなくて。」

お義姉さんは、目を見開いて、手に持ってい た沢庵の古漬けの炒め物を取りこぼしてしまいました。

「あらら、て。えっ?何だって?奥様と佐喜ちゃんが障害無く往き来する、て聞こえたけど……?」
「はい、言いました。」
お義姉さんは、動揺して、落とした沢庵を食べてしまいました。嫌だわ、洗って差し上げたのに。

「……変わった若奥様だねえ。普通さあ、正妻と妾が往き来するわけないじゃない。」
「はあ……私も驚きました。成保様も戸惑ってらっしゃって。実は、来月にお式が済みましたら、私は柴田のお屋敷にお伺いしなければいけないのです。」

「えええ……もう、かい。」
「はい、若奥様のご希望なんです。」

「また風変わりなお嫁様が来るもんだねえ。酷い扱いを受けなきゃいいけど。」

「それは……あの。」
私は恥ずかしくて、次の言葉が出ませんでした。それを見たお義姉さんが

「なんだい。旦那様が守って下さるとでも言ったかい。」

と、図星を指されたのです。私は尚、恥ずかしくなって、お義姉さんのお顔が見えませんでした。

確かに、成保様……旦那様が、お約束して下さったのです。私の事をお守り下さる、と……。

「あらまあ、ごちそう様だこと。ま、新婚さんだものねえ。存分に旦那様に甘えといで。新婚さんなのは今しかないからねえ。」

お義姉さんが嬉しそうにお話ししていましたが、私は顔が熱くて、熱が出そうでした。坊ちゃま……いえ、旦那様に甘えるなんて……私には許されるのでしょうか?

今までお仕えさせて頂いた方が旦那様に。
私の家を用意して下さり、何不自由無く暮らして行けるなんて……恐れ多くて。その上甘えるだなんて……罰が当たってしまいそうです。

「なんにせよ、若奥様だけは敵に回しちゃなんないね。佐喜ちゃんは柴田家に上がっていたから良く分かってるだろうけどさ。いくら旦那様が守ってくれるから、って言ってもさ。こればっかりはね。お姑さんよりも先ずはそっちだね。あんたも苦労するねえ。」

苦労……?そうなのでしょうか……?

「お義姉さん……これは苦労なんですか?」
「まあ、佐喜ちゃんはね。苦労を苦労と思わないかも知れないけどさあ。あたしだったら若奥様とご対面なんざお断りしたいくらい嫌だよ。」

「そうですか……。」

私は、若奥様が会いたいと仰って下さって、少しほっとしたのです。

これで若奥様にお詫び申し上げる事が叶う、と……。ご挨拶が出来る、と。

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