小西大樹「ルーツはここからかもしれない」#5 中谷佐喜代①

私は尋常高等小学校を卒業したのちに、お嫁入り前の行儀見習いの名目で、女中として柴田家のお屋敷に奉公に上がりました。

私は中谷佐喜代(なかたに さきよ)と申します。実家は小さな問屋を営んでおります。柴田家に出入りをしている行商人さんの口利きで、お勤めに上がれました。

最初は下働きから始まりましたが、ある日、ひょんな事がきっかけで、旦那様や奥様に私が少しだけ字が読めたり、文が書けたり、算盤や帳簿付けが出来る旨を知られてしまい、いきなり奥向けのご用事を言い付かる様になりました。
そして、申し訳なくも未熟者でありますのに、女中頭としてお仕えさせて頂きました。

旦那様や奥様に勿体なくもとてもご親切にして頂き、身に余る光栄と存じました。


……ですが、まさか、まさか、私が一人息子で柴田家の跡取りでいらっしゃる成保(しげやす)坊ちゃまに……坊ちゃまと……別宅をご用意頂いて、ご一緒に暮らせる日々が来るなどとは…………夢にも思いませんでした。

その事を知った実家の長兄は、柴田家に顔向け出来ないと取引を返上し、私は勘当されました。実家の両親は既に亡く、一回り以上離れた長兄夫婦に私は育てられた様な者です。

私には、もう帰る場所はございません。
勘当の手紙を知り合いの方を通して受け取りました時は、丁度お屋敷から二里ほど離れた住まいに移って来たばかりの頃でした。それから間もなく、義姉のみ祢(みね)さんが、訪ねて来られたのです。

どなたにも住所をお教えしておりませんでしたので、私はとても驚きました。
兄からは二度と敷居を跨ぐなと言われておりますので、二度と義姉にも会えないと覚悟を決めた矢先の事でした。

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