日本の賃金は何故上がらないのか⁈

「最低賃金1178円」が国際的に見た常識的な水準だ、コロナを「言い訳」にしてはならない4つの理由

デービッド・アトキンソン : 小西美術工藝社社長
国際的に最低賃金の水準は収斂している
最低賃金をめぐる議論がヒートアップしています。
中小企業経営者の利益を代表する日本商工会議所は据え置きを主張しているのに対して、全国労働組合総連合は全国一律に1500円までの引き上げを訴えています。
分析の面白いところは、分析を深めるほどに、毎日のように新しい発見があることにあります。今回もある発見をしたので、紹介します。
実は、先進国の最低賃金は一定の水準に収斂していることがわかりました。OECDのデータによると、日本を除く大手先進国の購買力調整済み最低賃金は平均11.4ドルです。
2001年では、最も高い国の最低賃金は最も低い先進国の3.6倍もありましたが、2020年では1.6倍まで近づいています。
生産性と労働生産性は国によってかなり異なっているのにもかかわらず、最低賃金の絶対値がここまで収斂していることは、非常に興味深いです。当然、同じ金額になれば、労働生産性の相対的に低い国の場合、労働分配率はかなり高くなります。おそらく、これはグローバル化の影響ではないでしょうか。
この国際水準を日本に当てはめると、日本の最低賃金は1178円となります。
日本の最低賃金は2001年では、ポーランドの1.8倍、韓国の2.0倍でしたが、2020年では、ポーランドより3%だけ高く、韓国より8%安くなってしまっています。
世界のどこでも、企業側は最低賃金の引き上げに必ず反対します。大昔から、最低賃金を引き上げると失業者は増える、企業は倒産する、その結果経済が崩壊すると言います。日本も例外ではありません。

コロナを言い訳にしてはならない4つの理由

理由1:コロナ禍でも海外では引き上げを続けている
まず、新型コロナの経済に対するダメージは、日本より諸外国のほうがかなり深刻だったのに、2020年にアメリカでは5.1%、欧州は5.2%も最低賃金を引き上げています。2021年もアメリカは4.3%、欧州は2.5%引き上げました。
海外では最低賃金を引き上げたのに、日本では据え置きになった理由の1つは、おそらく、日本が「合成の誤謬」に弱いからです。
確かに、コロナ禍において、飲食・宿泊と娯楽業は大変な打撃を受けています。ただ、コロナの打撃はこれら3業種にほとんど集中しています。これらの業種の労働者は、海外でも日本と同様に全雇用者の1割程しか占めていないので、これらの業種には別途支援策を設けたうえで、最低賃金を引き上げています。
労働者の1割が働いている業界が大変だからといって、引き上げても問題のない9割の雇用者の最低賃金を引き上げないわけにいかないというのが、日本以外の先進国の対応です。
日本は影響が大きかった1割だけに焦点を当てて強調し、据え置きを訴えているのです。
理由2:経済回復にタイミングを合わせられる
今年の引き上げはタイミングも重要です。日本の場合、最低賃金の引き上げは10月から実施されます。今年は世界経済が約6%成長すると言われています。
仮に、今年最低賃金を引き上げなければ、次の引き上げのタイミングは来年の10月になってしまいます。ワクチンの接種が広がり、経済活動の回復の本格化が期待される今年の下半期に合わせて、個人消費をさらに刺激するためには、最低賃金も引き上げるべきでしょう。
理由3:小規模事業者の労働分配率は大企業より低い
また、「小規模事業者の労働分配率は80%だから、最低賃金の引き上げには耐えられない」という指摘を受けることがありますが、この主張はまやかしです。
節税のために役員報酬を増やすことが認められているので、約6割の企業が赤字決算となっているのは有名な話です。さらに、赤字企業の実に94%を小規模事業者が占めます。景気と関係なく、昭和26年から赤字企業の比率がずっと上がっていますので、明らかに不自然な動きです。節税目的で赤字にしている企業が多いと考えるのが自然です。

法人企業統計を分析すると、2019年では、小規模事業者の従業員の労働分配率は51.5%で、大企業の52.5%より低いのです。大企業の人件費の中で、
役員報酬は2.8%でしたが、小規模事業者はそれが38.2%も占めています。
つまり、小規模事業者の従業員の労働分配率は大企業並みに低いのですが、小規模事業者は残りの利益の大半を役員に分配して法人税を抑えているので、全体の労働分配率が高く見えるだけなのです。

弱いところを見極め、ピンポイントで補助するべき

理由4:地方は地方創生など別のやり方で守るべき
最低賃金を引き上げたら、「地方が大変になる」というのも同じようにまやかしです。
地方では小規模事業者で働く比率が高いので、小規模事業者の労働分配率が8割だというまやかしを誤解して、地方は大変なことになると言っているだけだからです。そもそも、半分以上の中小企業の雇用者は大都市圏で働いています。地方には中小企業の数は少ないので、この地方崩壊説も意図的な合成の誤謬だと言わざるをえません。
地方の小規模事業者が大変だというのなら、地方創生などの施策でピンポイントに支援するべきです。全雇用者の最低賃金の引き上げを阻害するために、中小企業の雇用全体のうち、少数しか占めない地方の問題を悪用するべきではありません。
人口が減少している間は、個人消費を守り、さらに増やすには、所得の増加しか方法はありません。財政出動で持続的に支えるのは不可能です。