よしきくん

小学校の同級生によしきくんという男の子がいた。彼とは小学校1年生から6年生までずっと同じクラスだった。すごく色白で、顔立ちの整った男の子だった。
よしきくんは、全然喋らない。無口とかではなく、国語の時間の音読とかどうしても喋らなきゃいけない時以外は、文字通り全く喋らないのである。
よしきくんは、絵が上手かった。彼は全然喋らないけれど、休み時間に自由帳を広げて絵を描く彼の机のまわりにはいつも男の子たちが集まっていた。男の子たちがよしきくんに話しかけると彼は自由帳に文字を書いて返答した。筆談なんだけどツッコミが鋭くて、毒舌キャラのような感じだったと記憶している。今思うと、喋らない毒舌キャラってなんなんだ。おもしろいな。
私も絵が上手い子供だったので、よしきくんには密かにライバル心を抱いていた。よしきくんも、ライバル心を持っていたかはわからないけれど、私のことを絵が上手い子として認めてくれていたと思う。私はそれがなんだか嬉しかった。美術の授業の時は、彼よりも上手い絵を描こうと、私は必死だった。
小学校3年生のとき、彼と一緒にいきものがかりをやって、メダカの世話をした。水槽の水を変えているときに、係のことで私になにか伝えたくて、曇った窓ガラスに文字を書いていた姿をよく覚えている。私は全然読めなくて、よしきくんは顔を赤くしながら何度も必死に文字を書いていて、それがなんだかかわいかった。結局彼の言いたいことを私が理解出来たのかどうかは、覚えていない。
小学校6年生の時に、担任の先生がよくよしきくんを呼び出して、教室のベランダで2人で話していた。多分先生は、よしきくんが喋らないことについて、何か話そうとしていたのだろう。よしきくんは、先生に呼ばれる度に少し嫌そうにしていたように見えた。
よしきくんは、喋れなくてもいいのに。喋れなくても友達がいるし、みんなから好かれているし、絵も上手いし、頭もいいのに。先生は何にもわかってない。私はそう思った。私はよしきくんと仲がいいかと言われると全然そんなことはなかった。男の子として好きとかでもなかった。でも私は、よしきくんが喋れるように先生が無理やり働きかけるのは、おかしいことだと思った。しかもベランダっていう、教室のみんから見える場所で。よしきくんは、そのまま、喋れなくってもいいのに。
小学校を卒業して、よしきくんは別の中学校に行った。多分小学校の頃の友達が誰もいないところ。中学に入ってしばらくして、同じ小学校だった男子から、よしきくんを見かけたという話を聞いた。よしきくんは、中学校の友達と「めっちゃ普通に笑いながら喋ってた」らしい。私は少し寂しいような気持ちになった。
私は喋らないよしきくんしか知らないから。あのミステリアスなところがなんか好きだったから。でも喋れるようになったんだ。よかったね。
なんか、すっごく理不尽だし酷いこと言ってるかもしれないけど、私はよしきくんがめっちゃ普通に笑いながら喋ってるとこ見たくないな。自由帳に筆圧の薄いへにょへにょの字を書いて筆談して、たまにちょっとニヤッとしたりするのが私の中のよしきくんだから。
よしきくんが描いてた絵のこと全然覚えてないや。あの頃は結構意識してたはずなのに。
私は今も絵描いてるよ。もう会うことないと思うけど、よしきくんも、趣味でもいいから、今でも絵描いてたとしたらすごい嬉しいな。

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