食の軍師(雑感編)
食の軍師に関して、幾つか時代背景を読み解かないといけない部分がある。
「かっこいいスキヤキ」(単話としては1980年代、短編集は1990年代)からのイメージを引っ張っていると、大変に古い漫画に思えてしまうが、基本的には2010年以降のネタであり、実を言うと「孤独のグルメ」よりも単行本シリーズは新しい。前回の「まるます家」でも言っていたことではあるが。
だが、だからこそ「え?」となる描写がそこかしこにある。
タバコの扱いもそうだが、喫煙者であるところの主人公・本郷だが、不思議と吸っているイメージはあまりない。
これも孤独のグルメとの比較になるが、食後に気軽に店内でタバコを吸い始める初期ゴローとは大違いだ。今もドラマをやっているから忘れているかも知れないが、孤独のグルメ初期なんて新幹線やバス、電車内でタバコが吸えた時代だ。コレが当たり前だったのだ(子供がいるから遠慮しろ、という呼びかけもそう)。思えば、テレビドラマ版でも、時折思い出したように吸ってはいるが、後期シリーズになるほどそういうシーンは省かれているような。
さて、食の軍師でタバコにクローズアップされるのは、「大衆食堂なんだから禁煙クソ喰らえ」と言い切った大将の出てくる回ぐらいか。パッと思いつくシーンがそれぐらいなモンだから、本当に吸っているイメージが無いのである。
喫煙への風当たりってホント強いよなー、と思うが、作者がこれを意図していたかは不明である。今の時代でこういう創作をしていると、無意識に書かなくなる描写なのかも知れない。
あと、レバ刺しの扱いだ。
確か食の軍師の1巻は2010年代初期の話だが、ここでは「レバ刺し」が出てくる。
なんというか、食品衛生を齧っていると「いや、それはダメだろ」というレバ刺しだが、ここで描写されるレバ刺しが豚なのだ。
牛レバーの規制が平成25年(2013)だが、それより前の話である。
当時牛のレバ刺しがダメだから豚、という話が出てきて、見事に食中毒を起こしていたニュースがあったのだが「いやそれはアカンやろ」というツッコミを当時してた覚えがある。これ、東京では実はフツーに食ってましたオチというとんでもないことが判明してしまった。
角ピンだろうが新鮮だろうが、一切リスクが変わらない豚レバーを生で…感覚が合わん…。
ちなみに、誰もそんなことせんだろう、と思われていたのか遅れて豚のレバ刺しも平成27年(2015)に禁止されている。
繰り返すが、そんなモン誰もやらねぇよ、と思われていたことである。文化と称して何をやってんだ。当時の記事でも「リスクはわかってるからほっといてくれ」的なことを言っている記事が散見された。
食中毒に「リスクは承知で食ってる」は通じません。コレマジで。そんなタワゴトは医療関係者に全力で土下座と全財産寄付をしてから宣って欲しい。
とはいえ、コレが当たり前の時代と土地柄があったわけで、もつ焼きが好きな自分からすれば「レバーにはキッチリ火を通して欲しい」というだけのことである。
今でもたまに表面焼きだけで出してくるやきとん屋があって「やめとけ…マジで…」と思わされるのだ。
あと、他にもちょこちょこ時事物も出ていて「イチローの朝カレー」とか、おそらく今の人はピンと来ないものもネタにされている。
かと思えば「食はプロレスだ!」と空手チョップをかます描写が出たり、イマイチ訴えかける層が謎なのもおちゃめポイントである。
スカイツリーなんかも話の中に出ていて、「あ、これは現代なんだな」という実感と共に「出来てすぐの感想だな」というのも分かるのが面白い。スカイツリーが2012年だから、まさにタイムリーな話だったわけだ。
そのネタで行けば、海ほたるなんかも出てきてて、高速道路上なんだから当たり前だけど「酒がない!」と騒ぐ本末転倒な所もある。
当然築地→豊洲という市場の変遷もあるし、スマホで調べて云々みたいな話も出てくる。
山ガールのような一過性だった話に乗っかった所もありそうで、当時の世相が見えてくるのも一興。
色々なものが移り変わる中、食の軍師の中で変わらない数少ないものもある。
それが、力石だ。
名前からすると、多分モデルは力石徹。巻を進めると「ズンズンチャーカ」というテーマ曲も背負ってくる。…力石徹のテーマにそう言う所あったっけ?
本郷基準で「キマってる」男なのだが、見ているとフツーに美味い店を探して巡っているだけのようで、その価値観が極めて本郷と似通っているという、割と稀有なおっさんである。
本郷と決定的に違うのは、好きな飯を好きなようにただ食べている、という一点に尽きる。本郷はリアクションや思っている事が口に出るタイプだし、何よりいつもコートに山高帽なので、メチャクチャ目立つ。しかも漫画ばり(漫画や)にズッコケるため、非常識に目立つ。
そんな本郷に対して、からかいはすれど馬鹿にする事なく接しているのが、この力石だ。
だから、本郷にフォーカスしないで読み進めると、本郷をからかっているのはほんの一部で、それ以外は基本的に「趣味と舌の合う飲み友達」なのである。
あと、社交的な面も大きく、行く先々で速攻で店員と仲良くなっている傾向がある。本郷目線からは常連らしい振る舞いをしているが、実は力石からすれば慣れていない店なので堂々と店員に聞いている、なんて場面も。
店によってはガチで常連の場合もあるが、それだって本郷とアンテナが似ているからこそ店被りを起こしているというのが分かるようになっている。にしたって、電車の遠征先で同じ飲み屋で会うってのは出来すぎだろ。
力石にとって本郷の存在はそれなりに大事なようなのも面白い。彼女がとっかえひっかえなのに対して、おでん屋などで知り合っただけのおっさんとは結構な頻度で一緒に飯を食いに行ったりもしてるし、前回言った通り新幹線旅行にも行っているのだ。
何なら食ってるモノを「美味いよこれ、試してみて」と差し出すくらいには。
もう結婚しろ
これでおっさん同士が仲良く隣の席で名古屋方面に旅行してるんだから、マジで面白い。
「弁当の残りでワインをやるのが楽しみで」と言われたのが、本郷からしたら凄まじいカッコ良さのため、(勝手に)オーバーキルされるオチになっているが、力石からすればこの一連の流れ、「幼稚な食い方だろ?好き放題な食い方で済まないな」という側面があることにも気づく。
本郷相手にメチャクチャ気を許しているのだ。本郷は一人相撲するのがこの漫画でのお約束だから仕方ないが、割と力石もちゃんと描写されている。
その後も割といろんな所で出くわすのだが、場所被りが奇跡なレベルで起こるため、最早本郷は何処へ行っても力石の陰に怯えるようになり、想像上の力石にまで劣等感を感じるまでになっている。
病院だようッッ!
なんだか恐ろしい関係性であるが、ここで気になるのが「軍師」の存在だ。
前の時にも「イマジナリーなんとか」のような存在と説明したが、実際、1巻あたりでは「本郷自身が軍師に扮してる」ような描写だったのに比べ、次第に別人格として歩み始めるという流れになっている。
それがいつから明確に別れた話というのは無く、2巻における鎌倉〜名古屋(前後編)、牛久あたりからボンヤリと別の人格っぽい描写がされていくようになる。
それこそ、その後の東松山では軍師が喝を入れそうな場面で出て来ず、その後の海ほたる回で「諸葛亮孔明」と銘を打ち始めるので、この辺りが分水嶺と言えるだろう。
クソな考察をするなら、それこそ東松山で力石について行って焼き鳥を堪能し、それが悔しくて分離したのだ…みたくアホな事を言うことも出来るが、それなら1巻ラストの新幹線こそが分水嶺だろう。多分作者そこまで考えてないよ
というわけで、時事ネタ土地ネタも抑えられる食の軍師、面白いよ。