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怒ってるの? 喜んでるの?

その日はキマダラカメムシを逃がし損ねた。
屋内の窓の近くで元気に飛び回って、外に出たそうにしていたのに。私にはその建物の窓を開けにいく権利はなさそうで、キマダラカメムシを捕まえられるものも持っていなかった。

けどあとで後悔した。
あんなに元気だったんだから、なんとかすれば逃がせたんじゃないかな。


そのあと寄ったコンビニの中で窓辺にいる蛾を見つけた。
コンビニの中の虫は数え始めたらキリがない。スーパーなどよりコンビニの方が多くの虫がいるように感じるのは、夜の明かりが目立つ頃に虫が入ってきてしまうからかな。自動ドアが開けば虫は入ってしまうだろうし、あんまり外と内の境目がないのかも。

こないだコンビニのイートインコーナーでジュースを飲んでいたら、目の前にアシナガバチが飛んで来た。ハチが自動ドアの前を飛び始めたから外に出るかと思って自動ドアを開けてみたけど、うまく出られないみたいだった。
アシナガバチじゃ流石に手も足も出せない。あのあと誰かが自動ドアを開けた瞬間に逃げ出せたことを願うしかないんだけど……。

キマダラカメムシを逃がし損ねたあと、蛾を見たとき、蛾くらいなら逃がしてあげられると思った。カメムシやアシナガバチやセミと違って刺してこないし。コンビニの虫を逃がし始めたらキリがないけど、その日は急いでいたわけでもないし。

蛾をそっと両手で掬ったら、驚くほど簡単に捕まった。一瞬パタパタ羽ばたいたけど、すぐおとなしくなった。ほぼ無抵抗。
そのまま蛾を持って外に出る。外に出たので手を少し開けて、拘束状態を解いた。

ホントにおとなしいなぁ。
けどなんだろう、命の重みを感じるというか。

いや、哲学とか心理的な感覚とか抽象的なやつじゃなくて。ホントに何か感じる。これは……震えてる?

虫が震えてるのは何度か見た気がする。カメムシとゴキブリとカブトムシと。
カブトムシは発情だっけ。じゃあ他のは何なのかな。虫の気持ちはまったく読めないや。
怒ってるの? 怖がってるの? 嫌がってるの?

まぁ分からなくてもしょうがないだろう。人間の気持ちすら分からない私が、虫の気持ちを読み取れないことはしょうがない。そう思ってしまう。
KYで人間に怒られたことは数あれど、虫の気持ちを読めなくて誰かから責められたこともなし。
ああでも、虫に刺されたことはあるから虫にも怒られてるのかな。

蚊に刺されているときは予防接種みたいなものだと思ってそのままにしているけど、さほど刺されないし、刺されるままにしていたらなんだか腫れにくくなった。免疫的なものができたのかな?
けど、多分衛生健康上良くないなぁ。人にオススメして良いことではないだろう。
とりあえず現時点で私はわりと健康で、体調を崩すことは少ないと思う。心は汚れているけど蚊のせいじゃないし。

話を蛾に戻そう。
蛾はすっぽり私の手に納まって、震えている。ような。
食べられてしまうと思っているのかな。不安なのかな。

手の中に小さな命を持っている。
持っているのに気持ちが分からないって変なの。


しばらくおとなしかった蛾。
草木のあるところまで持って行って、それでもまだ飛ばなかったら写真を撮ろうとした。
けど蛾はトコトコ、歩いて手の入り口に来た。バタバタ暴れるでもなく、ひょっこり顔を出した。もう塞いでないからね。

蛾は勢いよく飛び立った。かと思ったらこちらに衝突せんばかりの勢いで私のまわりをグルグル飛び回った。飛ぶ高さは私の腹くらいかな。
あまりの勢いにこっちはわずかにたじろぎ、小声で「ごめんごめん」と呟いた。けど蛾は噛みつくわけじゃなし、羽音もあまりなく、私の怖がる対象ではないので、クルクル回るのを目で追っていた。

ものすごいスピードで飛び回った蛾は、すごいスピードでどこかに飛び去った。

写真撮らせてくれなかったなー。でもしょうがないよね。体感的に蛾の5分は人間の10時間とかと同じかもしれないし。数分間私が手の中に閉じ込めていて、それ以前にコンビニから出られなくなっていたのだろうから、蛾が急くのもしょうがない。

怒ってるのかと思うほどの勢いだったけど実際はどういう気持ちだったのかな。「お外だ! 出られた!」って感じかな。

これから迷子になったり何かに捕まったりすることなく、元気で生きてくれたらいいな。

人間は、命を手の中に閉じ込めることができるし、何かを絶滅させることも可能だけど、魂を閉じ込めることはできないと思う。

空を見上げると手の届かない星がたくさんある。身の周りじゃもうお目にかかれなくなりつつある、手付かずの大自然。それが私の一直線上の遙か遠くに、文字通り星の数ほどある。
小さな地球の上で環境破壊とか絶滅とか言っていても、宇宙の環境は、命は、きっと破壊し尽くせないのだ。

手の届かない自然に包まれている。宇宙を忘れても、星が見えなくなっても、いつも。そのことにちょっぴり安心感を覚える。


飛んでいった蛾の生まれ変わりの子と、また来年あたり出会うかな。1年サイクルくらいの虫は、人間から見て、生まれ変わりのスパンが早そうだ。もう何回も出会っているのかもね。あと何回出会うのだろう。

もし生まれ変わった虫と再会していても、私はそれには気づかない。いつも通り種類を調べて、一匹の命ではなく虫の種類として見るだけ。

多分、生き物が持っている概念のほとんどをこちらは持ち合わせていない。感じ取れない。私には紫外線が見えないし超音波が聞こえないし、空を飛ぶことも水の中で暮らすことも、光ることも鳴くこともできないから。生き物が日々何を感じているのか知らない。

あの蛾の種類が分からなかったけれど、ひょっとしたら、分からないときの方が一つの命として見られているのかもしれない。

真相は空の上。すべて。

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