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ごくごくありふれた

想像でしかなかった高校生活がいよいよ現実となったのだ。期待が不安を上回るのは当たり前といっても差し支えないと思う。特に学園モノの恋愛ゲームをずっとやってきた私にとって高校生活に夢を見るなというほうが無理があるのかもしれない。

初めての高校。初めてのクラス。初めて見る級友たちの顔は緊張が滲み出ていた。無論私も例外ではない。
一人ひとり自己紹介の場が設けられた。その場に立って名前や出身中学、趣味など各々が好きなことを大体1分程度で話さなければいけないらしい。

自分の番が終わってもしばらくは気を張ったままだったが他の人の話も聞かなければと顔を上げる。たった今自己紹介をはじめた人と目が合ってしまった。目が合った瞬間にお互いが「あ、いいな」と感じたのが分かった。うまく言えないけど、一瞬にしてお互いが気になる存在になったのを感じた。

偶然にも彼とは同じ部活だった。文化部だが大きな大会に出るぐらい活動的な部活だったので、彼とも積極的に関わることが出来るかもしれないと、ちょっぴり、ほんのちょっぴり、期待した。

そんな小さな期待も飛び越えて、私と彼は一瞬で仲良くなったと思う。告白こそしていないもののお互いに惹かれあっていることをなんとなく感じ取っていたし、クラスメイトからはカップルのような扱いをされることもあった。考えてみれば確かに彼との距離感は誰と比較しても近かったし、お互いの呼び名が”ちゃん付け”、”くん付け”なのは恋人同士を思わせるかもしれない。

手を繋いだりするようになってからは好きだと言い合える関係になっていた。いつだったか彼には別の高校に彼女がいることを知ったが、私にとってはそんなことはどうでもよかった。目の前にいる彼が、私の彼だから。彼にとっては彼女も私も同じくらい大切らしい。それでも、良かった。

彼のはじめてになれたことが嬉しかった。彼女のことはどうでもよかったけど、なんだか勝てたような気がして、選ばれたような気がして、嬉しかった。彼とは同じ学校だし、同じ部活だし、毎日のように一緒に帰るし、それも日が変わるぐらいまで長く一緒にいたし、過ごした時間も気持ちもきっと負けないと思う。

一年ぐらい経ってから、なんだかケンカが増えた気がする。私は頑張っているつもりなんだけど、彼にとってはそれがなんだか目障りみたいで。彼の気が乗らないからと一緒に帰ることも減ってきた。無理についていこうとすると、自転車に乗って走り去ってしまう。それでも追いかけようと自転車にしがみついたらケガをしたこともあった。私のことなんて気にも留めず、その日も彼は走り去ってしまった。だけど彼とは仲が悪くなったわけじゃない。変わらずに優しく頭をなでてくれる時もあるし、私を求めてくれることだってたくさんある。だから、時間が経過したことによって関係性がちょっと変わっただけなんだと思う。最近名前を呼ばれなくなったのも、きっとそのせいだと思うから。

倦怠期を乗り越えた二人はきっと前よりも仲良くなっているはずだと思う。私と彼がそうであるように。また彼と一緒に帰れるようになった。駅の近くまで来たところで彼から「今日、しちゃだめかな」と言われる。そうしてその時々でする場所を決める。これがいつもの流れ。言葉を交わすことは減ったけど触れ合いは増えた。私たちはきっと通じ合っている。

一度だけ、体目的だったらどうしようと思って誘いを断ったことがある。するとしばらく彼は私に構ってくれなくなった。彼の目的より彼に忘れられてしまうことのほうが怖かったから、それから断ることはなくなった。

私だってバカじゃないから、初めて目が合った時の気持ちがもう彼にはないことなんて分かってる。彼女とはまだ別れていないしデートだってしているみたい。私とはもう随分とお出かけをしていないけど。部活が終わって建物に入って、もはや制服を脱ぐことすら面倒になってスカートを履いたままパンツを下ろす。乱暴にねじ込められるのは痛いけど、思い出をかみしめていればそんなことはどうだって良くなる。こうしている間だけは彼に触れられるし、彼も私を見てくれている。それだけで私は幸せだから。これでいいの。充分だから。

事が終わって「じゃ俺先に出てるから」と彼がいなくなる。何事もなかったかのように放り投げた下着を拾う私。
私たちはそんなごくごくありふれた関係だ。

読んでくださりありがとうございます!! ちなみにサポートは私の幸せに直接つながります(訳:おいしいもの食べます)