天馬と幸ちゃんが買い物に行くだけのお話


これは、ある晴れた日の出来事だ。

珍しく仕事がOFFなのか、それとも午後からなのか分からないが、穏やかな陽気の中、皇天馬はうたた寝をしていた。
手には新しい映画の台本。
台詞の練習をしていたのだろう。
誰も居ない談話室には皇の寝息だけが静かに響いていた。
その時、男性としては少し高い声が遠くから聞こえてきた。

「ポンコツ役者、買い物付き合って」

声の主は瑠璃川幸。
皇とは同じ夏組の劇団員だ。
瑠璃川の声で起こされた皇は、あからさまに不機嫌そうな表情を浮かべる。

「なんだよ、一人で行けば良いだろ」

「荷物持ちが居ないと大変なの、
ほら、さっさと準備して」

生憎他の人は殆ど出払っているようだった。
仕方無く準備を済ませる。

「準備出来たぞ」

「おっそい、って、うわ....不審者みたい」

ドン引き、という文字が瑠璃川の顔に書いてあるかの様な引き具合だった。
それも仕方無い事だろう。
全身黒で統一された服はお世辞にもお洒落とは言い難い。
おまけにサングラスとマスク。
完全に不審者だ。

「ねぇ、もっとましな服無いの?」

「これくらいしないとバレるんだよ」

確かにこの服装のまま出れば誰もあの皇天馬だとは気がつかないだろう。
しかし、だ。
こんな服装の奴と出掛けるのは瑠璃川のプライドが許さなかった。

「全身黒は無い。
通報されるよ、ていうか何時も似たような系統着てるからバレるんだよ」

そんな事を言いながら皇の部屋の方へと足を進める。

「あ、おい!どこ行くんだよ」

「はぁ、?あんたの部屋に決まってるでしょ、
しょうがないから俺がコーディネートしてあげる。」

そう言えば返事も聞かずに部屋へと入っていく。
容赦なく洋服タンスを開ければあれこれと服を引っ張り出していく瑠璃川。

「はい、これに着替えて。
何時もと違う系統にしたから簡単にはバレないと思う」

「お、おう」

「着替えたら談話室に来て
なるべく早く」

それだけ言い残せば部屋を出て談話室を目指し足を進める瑠璃川。
その後ろ姿を見送り、暫く瑠璃川が出していった服を眺めていた。
はぁ、と1つ軽い溜め息をつけば着替えるために今着ている服を脱ぎ始めた。

5分ほどが経った頃皇が談話室へと姿を表した。

「うん、似合ってるじゃん」

満足気に笑い頷く瑠璃川。
ソファに座っていた瑠璃川は立ち上がり玄関へと足を進める。
そこで1つ皇はあることに気が付いた。

「おい、なんか服似てねぇか?」

「ペアルックって言うの」

瑠璃川も何時もの白い服にピンク色のふわりとしたスカートではなく、だぼっとした青色のボーダーに短パンといったものだった。
皇も同じように、青色のボーダーにジーパンといったものだ。
プラスでサングラス。

「ほら行くよ、」

「あぁ、」

そう瑠璃川に返事をし団員寮を出る。
少し歩けば商店街や天鵞絨駅へ繋がる通りへと出た。
迷いなく歩く瑠璃川の後を追うようにして歩く皇。
やがてショッピングモールにつき、手芸屋の前に辿り着いた。

「じゃあ俺は此処で待ってる」

「分かった。絶対どこか行っちゃ駄目だよ、一人で戻ってこれないんだから」

「お、俺は方向音痴じゃねぇよ!」

「一人で行って迷わず目的地に辿り着けたことってあった?」

そんなことを言われてしまうと返す言葉もない皇。
まぁ、すぐ終わるからといい手芸屋手前の長椅子で待ってるように指示をした。
少し不貞腐れ気味の皇は指示通りに長椅子に腰掛ける。
何だかんだ言ってもはぐれるのが怖いのだろう。

「ねぇねぇ、もしかしてあの人って皇天馬じゃない?」

「嘘だぁ!こんな場所に有名人が居るわけ無いじゃん!」

少し離れた所で興奮ぎみにそう話している少女二人を見付けた。
面倒な事になりそうなのであまりバレたくは無い皇は顔を少しでも隠そうとスマホに目線を落とした。
そうすれば少しでも顔は傾き見えないだろう。
しかし、その行動が凶と出た。
下を向いたことでサングラスが落ちたのだ。
カシャン、という軽い音をたてサングラスは地面へと着地した。
先程まで見ていた少女二人組は皇ということに気が付いた様子だ。

「あの、皇天馬さん、ですよね....!」

そう話し掛けられ、その声が意外にも大きかったのか周りにも聞こえたようでザワザワとしだした。
ここで、はい、そうです。と言ってもいいがめんどくさい事になるのは確実だろう。
それだけは避けたい。
一緒に来た瑠璃川に迷惑をかけてしまうと思ったからだ。

「いや、俺は....」

「何絡まれてんの、早く行くよ、」

否定を述べようとした時、少女二人組の後ろから瑠璃川が声をかけた。

「買いたいものは買えたのか?」

「大体買えたからもう大丈夫」

そう言えば袋を見える位置まであげて見せた。
ビニール袋1つでおさまれば良かったがおさまりきらなかったらしく4つの袋をぶら下げている。

「えぇ!もしかして皇君って彼女いたの!?」

あまりの大声で叫ぶものなので当たり前の様に瞬時に周りに伝達する。
面倒な事になった。
面倒な事の中でも一番最悪なパターンだ。
しかしここで何か反発すれば、<皇天馬に彼女がいた>という出来事に信憑性が出てきてしまう。
それは色々不味い。
とても不味い。
どう行動に移せば良いか、いい考えが皇には浮かばなかった。

「『はぁ?こいつのどこがあの皇天馬に似てるの?
皇天馬の方が何倍も格好いいよ』」

「え、でも....」

「『いやいや、よく見てみな?
ぜっったい皇天馬の方が格好いい。』」

エチュードだ。
瑠璃川がエチュードを始めた。
それに対して少女二人組は瑠璃川の言葉を聞き、本物の皇天馬なのかを疑い始めた。

「『おい幸!うるさいぞ』」

「『どう考えたってあんたの方がうるさいでしょ、
ていうか、映画スターに勝てるとか思ってるの?笑えるんだけど』」

「『お前な....!』」

二人の言い合いがヒートアップしてきた頃、周りは段々と落ち着きを取り戻してきた。

「『あ、そうだ。
お腹空いたからパンケーキ奢って』」

「『はぁ?ふざけんなよ』」

ほらほら、と瑠璃川は皇の手を引く。
そこでやっとこの場から逃れられるいい切っ掛けが出来た。
皇は軽く会釈をし、その場を後にした。

「....助かった。」

「別にあんたの訳にやったんじゃない。
俺が巻き込まれたから仕方無くやったの」

そう素っ気なく返す瑠璃川。
結局皇は、先程のお礼、という形でパンケーキを奢ることになった。
ふと時計を見ると、時間が経つのは早いものでもう団員寮を出てから二時間が過ぎようとしていた。

「ありがとね、付き合ってくれて」

鼻にクリームをつけながらお礼を言う瑠璃川。

「....別に買い物くらいなら、付き合ってやらんこともない。」

ちょっとしたどや顔で瑠璃川の鼻についたクリームを親指で拭えばペロリと舐め、あまっ、と声をもらす。

「ほんと、オレ様はオレ様だよね」

「何が言いたいんだよ」

「べっつにー?」

残りのパンケーキを口に含み、御馳走様でした、とトレーを戻す。
そのまま来た道を引き返し、二時間の買い物は幕を閉じた。

story clear!!