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積雪と搬入とレモネード

京都市立芸術大学作品展も折り返し地点です。
無事に展示しているということは、無事に搬入を終えていたということなのですが、恵方巻きを食べている途中でしゃべってしまったからなのか、最後の搬入は一筋縄ではいきませんでした。

搬入の日の朝、ようやく京都の冬がやる気スイッチを押したな?という寒さでした。空からは白い欠片がちらりと見えた気がいたしました。愛車のバイクも「今日はやめときな」というので大人しくヘルメットを置き、路線バスで大学へと向かうこととしました。山の上にある大学に近づくにつれ、白い欠片は増え、ついに「我こそが雪!」と言うような天候になってしまいました。

制作室から展示場所まで作品を運ぶ学友たちの黒髪には、儚い水分がはらりひらりと舞い降ります。最後の展示ということもあり、学友たちと知力と体力をフル回転させ、どのように展示するか悩みたいだけ悩みました。

展示に使う工具を借りるため研究室に参りますと、そこにははちみつ漬けのレモンがございました。
私は、はちみつレモンは二次元のサッカー部のマネージャーという存在が生み出す幻の食べ物だと思っておりましたので、初めて固形のはちみつレモンを見て実在することに驚愕でした。
私の視線に気付いた先生が、「楽しみにしていてね、搬入頑張って」とおっしゃるので、脳内を見透かされたようで大変に恥ずかしく思いました。

にっちもさっちも行かない展示準備に頭を抱えているうちに、気付けばオリオン座が真上にきらめいています。スマートフォンの歩数計も2万に近づいた頃、学友に誘われて一休みすることとしました。

残り5%の知力と体力でフラフラと研究室にたどり着きますと、先程のはちみつレモンが紙コップに数枚ずつ入れられ、熱湯を注がれている真っ最中。「はちみつのあとは熱湯かよ!」とレモンがお怒りなのではないかと心配して覗き込むと、レモンは実に楽しそうに湯の中を泳いでおります。

私は大変にレモンを愛しております。
実家の庭にはレモンの木が植わっており、幼少期はレモンを果実のように丸かじりしていたほどです。市販のレモンも美味しいのですが、熟れきったレモンの戦闘力のない酸味や、酸味の奥に潜んでいた甘さはさながら禁断の果実の味と言えたでしょう。

爽やかな酸味と、はちみつのふんわりとした甘い湯気に誘われ、すぐにでもいただきたかったのですが、あいにく私は猫舌です。学友たちが次々と体の線を緩やかにしていく中、かじかんだ指先を紙コップのぬくもりで暖を取ることしかできませんでした。

ようやく飲める頃合いか、と判断し一口いただきますと、そこには禁断の果実がございました。はちみつにより戦闘力を和らげたレモンは、確かにあの日の味を奥底に秘めております。はちみつレモンが体力と知力の回復に繋がったことは疑いようのない事実でしょう。サッカー部の方々がはちみつレモンを愛する理由もよくわかりました。

世界で一番幸福な紙コップには、最も優しい本物のレモンイエローが広がっておりました。

うっすらと積雪のある中の搬入はとても大変でしたが、レモネードに勇気づけられ、もうひと踏ん張りの力が出てまいりました。

先生方とレモンパワーには頭が上がりません。

食べ物とのつながりは人とのつながり。
私の身体は今日も、愛すべき人たちの手で作られる、愛しい食べ物でできてゆくのです。

ごちそうさまでした。

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