誤解される経済現象① 実質賃金はなぜ上がらないのか 2024.5.5(157)

今回から4回にわたって、岩田規久男氏の書「経済学の道しるべ」を取り上げます。

 1回目の今回は、上がらない賃金です。

 日本の実質賃金は、30年間、上がっていないといわれています。実際のところは、どうなのでしょうか。

 2021年の1人あたり実質雇用者報酬の対1994年比はマイナス2.1%ですから、実質賃金は確かに若干低下しています。しかし、その推移をみると、アベノミクスが始まる2013年以降とその前とではトレンドが大きく異なるのです。実質賃金の低下が最も大きかったのは、1998年から2012年にかけてのマイナス9.2%であり、2013年から2021年にかけてプラス4.4%となっています。雇用者数も2013年以降は増加傾向にあり、アベノミクス(量的・質的金融緩和)が有効であったといえるでしょう。

 しかしながら、8年かけて4.4%の上昇というのは、労働者にとっては賃金が上がった感覚はないでしょう。

 実質賃金が長期にわたって低迷した原因は何でしょうか。

 よく言われるのは、「IT投資が遅れているから」とか「イノベーションが起きなかったから」とかですが、実際のところ、どうなのでしょうか。

 2021年時点の日本の時間あたり労働生産性(実質GDPを就業者数で割った値)は、1991年より46.5%も上昇しています。他方で、同時期の就業者の1人あたりの労働時間が19.6%も減少したため、就業者1人あたりの労働生産性は、17.8%の上昇にとどまっているのです。

 このように、日本の労働生産性上昇率が鈍化したのはIT投資や技術進歩の停滞という供給側の要因ではなく、単に就業者1人あたりの労働時間が大きく減少したせいなのです。

 日本の実質賃金が1992年以降、ほとんど上がらなかったのは、長期にわたるデフレ(一時期の低すぎるインフレを含む)によるものです。

 量的・質的金融緩和の継続によって物価は上昇基調にあったにもかかわらず、消費増税と基礎的財政収支の黒字化を急ぐ緊縮財政を実施した事で、デフレが続き、実際より失業率は高く、実質賃金は低下し、名目と実質の成長率は低くなったと考えるのが、経済学的思考であるという事です。

 2014年と2019年の消費増税がなかったら実質GDPや消費者物価はどうなったのかのシミュレーションを日本銀行のエコノミストには出してもらいたいものです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?