自分の記憶を思い出しながら焼き付けていく。

昔の男が死んだ。

自分の記憶の中にある彼との思い出を

何度も何度も思い出そうと

薄く深い底に埋もれていた記憶を引っ張り出し

これから先も、しっかりと思い出せるように

焼き付けていく。


一緒に飲んでいる時に、チラリと見える

右腕のタトゥー。

一心不乱に、緻密な黒い線で描いていた絵。

「このまま1人で家に帰りたくないなぁ。」

と思いながら町を歩いていた時に

目の前から歩いてきた時のあの笑顔。

彼が住んでいた家の天井の色。

家に飾っていたエイリアンのフィギア。

ちょっと訛っている話し方。


薄く深い底に埋もれていた記憶。

深過ぎて、薄過ぎて

思い出すことさえ難しい。


私が知らない時間を過ごしている彼の痕跡を

少しでも集めたくて、ネットを彷徨いながら

もっともっと、彼との時間を紡いでいたらよかった。

メールを知っていたのに、病気が発表された後も

連絡しなかったことを後悔する。


いや、何事もなくたって、思い出した時に連絡したらよかった。

「今更、なんで連絡してきたの?」

「そんなに仲良くないのに、よく連絡してきたね。」

なんて言われやしないかって不安になって、しなかった。

でも、自分の体裁なんて、プライドなんて

これっぽっちも大事にする必要なんてなかった。

もっともっと、時間を重ねてればよかった。


誰かが、自分の身近にいた人が

居なくなるたびに

今生きていることを大事にしようと思っていたけど

全然、大事にできてなかった。


結局、人を大事にしたいと言いながら

自分の体裁とプライドを守りたくて

行動出来ていなかっただけだった。

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