見出し画像

Radioheadの話③

あまりにも陰鬱で、最初は全く受けつけなかったRadiohead『OK Computer』が、皮肉にも母の病を経てぼくの中に自然に入って来るようになりました。

ひと月くらい、このアルバムしか聴けませんでした。

このアルバムを象徴する曲といえば、色々あると思うのですが

ぼくは『Fitter Happier』だと思っています。

いわゆる『歌』ではなく、コンピューターの声のような無機質な男性の声が【理想的な人間の生活】とされているものを(週に3度ジムに行くなど)、ただひたすらに列挙していきます。

つまり、

ここに列挙されているものに適合すればするほど、あなたは幸福。

なはず。

しかしながら、聞きながらわかってくるのですが、これはもはや人の生活とはいえません。自分の意思がないのです。

そんなリスナーの不安感を置き去りにしたまま、このコンピューターはひたすら【あるべき姿】を並べ、

その最後に

【ホルマリン漬けの豚だ】

と言い放って終わります。

以下、和訳と共にこの曲の歌詞をご覧ください。

Fitter happier
 よりよい適応  よりよい幸福
more productive
 より高い生産性
comfortable
 もっと快適に
not drinking too much
 酒はほどほどに
regular exercise at the gym (3 days a week)
 ジムで定期的に運動を(週3回)
getting on better with your associate employee contemporaries
 同僚とは仲良く、時代には遅れず
at ease
 肩の力を抜いて
eating well (no more microwave dinners and saturated fats)
 よく食べ(冷凍食品(電子レンジディナー)と脂肪は控えて)
a patient better driver
 忍耐強い優良ドライバーに
a safer car (baby smiling in back seat)
 より安全な車 (バックシートには笑顔の赤ん坊)
sleeping well (no bad dreams)
 よく眠り(悪夢は見ない)
no paranoia
 パラノイアは無縁
careful to all animals (never washing spiders down the plughole)
 すべての生き物にはやさしく(クモを排水溝に流したりせず)
keep in contact with old friends (enjoy a drink now and then)
 旧友との付き合いを大事に(彼らとは時には酒を飲み交わし)
will frequently check credit at (moral) bank (hole in wall)
 銀行と(モラル)の残高は欠かさずチェック(壁の隠し金庫も)
favours for favours
 こだわりをもち
fond but not in love
 愛想良く、だが恋愛に溺れず
charity standing orders
 福祉を重んじ
on sundays ring road supermarket
 日曜には自転車でスーパーへ
(no killing moths or putting boiling water on the ants)
 (蛾も殺さない、蟻に熱湯をかけたりしない)
car wash (also on sundays)
 車を洗い(これも日曜の日課)
no longer afraid of the dark
 暗闇も白昼の影も
or midday shadows
 もう恐れたりしない
nothing so ridiculously teenage and desperate
 十代ほど愚かで絶望的で
nothing so childish
 子供じみた時代はない
at a better pace
 適度なペースで
slower and more calculated
 急がず、計算高く
no chance of escape
 逃避なども考えもせず
now self-employed
 今では自営業に精を出し
concerned (but powerless)
 関心を失わず(無力でも)
an empowered and informed member of society (pragmatism not idealism)
 力を獲得し、情報に通じた社会の一員となって(実利第一、理想は二の次)
will not cry in public
 人前では涙を見せず
less chance of illness
 より健康に
tires that grip in the wet (shot of baby strapped in back seat)
 雨に強いタイヤを履き(ベビーシートの赤ん坊の写真を飾り)
a good memory
 記憶力にすぐれ
still cries at a good film
 良質な映画には今も涙し
still kisses with saliva
 熱烈に口づけ
no longer empty and frantic
 虚無も怒りも卒業し
like a cat
 まるで猫のように
tied to a stick
 シフトレバーにしがみつき
that's driven into
 凍えるだけの冬に向かって
frozen winter shit (the ability to laugh at weakness)
 突き進む(弱者をあざ笑う能力にたけ)
calm
 穏やかに
fitter, healthier and more productive
 よりよい適応  よりよい健康 、 より高い生産性
a pig
 ブタ
in a cage
 檻の中で
on antibiotics
 抗生物質漬けにされた

ぼくはこの曲への回答が、アルバムタイトル『OK Computer』つまり

『わかったよ、クソやろう』

につながっていると勝手に思っています。

『Let Down』や『No Surprises』などメロウな曲が

時に甘く、暖かくも冷たく僕らをしめつけながらこのアルバムは進んでいきます。

以来、Radioheadの大ファンである私。

最高傑作は2007年『In Rainbows』だと思っていますが

この『OK Computer』というアルバムはいまでも特別な存在です。

(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?