梨とりんご

会社でおおぶりの梨をもらって帰ってきたのでお母さんに見せたら、
「え〜、ママも梨買ってきたのに〜。ママの梨より二倍大きい!」
と文句を言いつつもすごく目をキラキラさせた。

晩ご飯を温め直している間、突然
「ママが最初に日本に行きたいと思った時ね、」と語り始めた。
日本に移住する外国人についての勉強をしていた割に、私は、母が何故日本に来たのかハッキリと自ら聞いたことがほとんどない。母の方から語り出すのを待つしかない。
母が母になる前のことをあまり聞いてはいけないような気がするのだ。

「ママがハイスクールの時ね、静岡にアテ(おばさん)が住んでたの。アテはね、しょっちゅうフィリピン帰ってきたんだけど、その時いっつも、こんな大きいりんご持ってかえってきてね」

そういいながら梨を顔のところに持ってきて「ママ顔小さいな」と鏡を見ながらニヤリと笑った。

「その時、りんごはお金持ちが食べるものでね、ママの家では絶対に買えなかった。卵も四人兄弟で1日1個だったから!!(笑)」

卵の話は昔からよく言われる話だ。嫌いな食べ物を無駄にした時にいつも「あなた、そんなぜいたくしないで!自分のためにこんなに食べ物あるだけでも感謝だ、思って大切に食べて!」と言われて育った。(だからこんなに食いしん坊になったのかもしれない)

「ママもね、りんごもっと大きいの買いたい!もっと大きいの持って帰ってみんな喜ばせたい!思って、日本行きたいなぁって思った。」

「そのあとも、やっぱ日本行きたいな〜ってずっと思い続けて、で、来たの。」

…本当にそんな軽くて純粋な気持ちで日本に来たのかはわからないけれど、きっと日本に行けば家族みんなを幸せにできる、と信じて日本に来たのは本当だろう。

私の母はどこまでも健気だ。いつも誰かの幸せのために頑張って、それを本当に自分のことのように幸せに思う人間だ。

私はそんな母を見て、たまに憎く思ったり、しんどくなったりもした。今もなる。
それでも母は誇らしいし、その透明さに私も近づきたいと思う。

結局、日本に来てからそんな大きいりんごは見つけられなかったらしい。りんごを買うどころか、必死で働いてようやくかせいだ小さなお金を実家に送って、ギリギリの中でこどもを育てて、知らぬ間に50になるらしい。それでも毎日楽しく歌を歌って生きている。

私はそんなに清い人間じゃないから、母のように人のために身を尽くせない。毎日こんな量の洗濯物を回せないしこんな量のご飯も作れない。
だけど、おいしいケーキくらいは買って帰ろうと思う。そのために明日も働こうと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?