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ビー玉の記憶

早く夏になりたいのか夏が来ることを知らせてくれているのか、昼間は急に暑さを増してきた。ティンカーベルⅡの話が本当で、季節を知らせる妖精がいるのなら、まだゆっくりしてていいよと言いたい。お互いのために。

暦以外では何で季節を判断した良いのだろうか。今日までは春で明日からは夏という決まりはなくて、ただ各々がなんとなく季節を感じ取っている。私の夏はいつからだろうと考えた。夜風や気温だけでは夏を感じても夏と言い切れない、きっとたぶん、言いたくないだけ。ただ、瓶ラムネのことを考えたら、それはもう夏なんじゃないかなあとは思う。

小さいころ、ラムネの瓶に入ったビー玉が欲しくて仕方なかった。どうやって入ったのか、どこから取り出せるのか。ママはただのビー玉だと言ったけど、その辺のビー玉なんかとは違う。薄青色の宇宙の中に閉じ込められていたそれは、ダイヤモンドよりも価値のある宝石だった。

はじめてあの宝石を手にした日のことを思い出した。地域の小さな小さなお寺で、子供会や地域の人達で昼間から行うお祭りがあった。たしか小学校4年生の時、そのお祭りで瓶ラムネをもらった。小さな子の面倒を見ていて偉いからって、おじさんたちがこっそりくれた。3つ下の弟と妹の面倒を見ることが当たり前の私は少し不思議な気持ちがしたけど、のどが渇いていたから喜んでもらった。でもやっぱり申し訳なくなって、近くにいた一つ上の男の子にその半分をあげた。その子はとてもおいしそうにラムネを飲んで、それだけで物語のワンシーンみたいで。

無意識に宝石を見つめていたら「俺、ビー玉とれるよ」と言ってきた。「内緒、お礼にみせてあげる」って言われて、こっそり二人でお祭りの会場を抜け出した。ママのいう事をすべて守ってきた幼い私にとって、それは大冒険だった。その時のドキドキは同じように思い出せないけれど、ドキドキしたという事実はハッキリと、鮮明に覚えている。

すぐ近くの神社の裏まで走った。「離れて見てて」って笑った男の子は、神社にある遊具に向って、おもいっきり瓶を投げつけた。バシャンという音と共に、薄青色の破片が太陽を反射しながらキラキラと飛び散った。閉じ込められていた光が飛び出してきたようで、それはあまりにも美しすぎた。男の子は破片の中に混ざった宝石を取り出し、水道の水で洗った。「あげる」といって差し出されたこれが、私の初めて手にした瓶ラムネのビー玉だった。

しばらくずっとドキドキしていて、おしゃべりしながらそれを覗いたり、手のひらで転がしたりしていた。宝石を透過して見る世界は逆さまで、それから、どんな宇宙よりもきれいだった。お寺に戻るころにはすっかり遅くなっていて、男の子はお母さんに怒られていた。ママも怒っていたけれど、男の子のお母さんがあんまりひどくその子を叱るから、ちょっと冷めていた。そのおかげで私は軽く注意されるだけで済んだ。何をしていたんだと言われたけれど「内緒だから言えない」とだけ言って黙っていた。正直ちっとも怖くなかったし反省もしていなかった。ポケットの中の宝石の事だけを考えていた。「内緒」が、より一層宝石を輝かせた。

あの宝石はずっと机の引き出しにしまっていたけれど、いつのまにかなくなってしまったな。なくなった事にも気づいていなかった。手が届かないから美しくて、綺麗だったのか。届いてしまったらビー玉になって、どこかに行っちゃったのか。分からないけれど、お祭りやラムネを見るたびにちょっとだけ思います。

暑い中あのこに手を取られ走ったあれは確かに夏だったし、瓶ラムネを考えるようになった今は、もう夏なのかもしれない。暑さがより一層、記憶を鮮やかに青くさせた。

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瓶ラムネ 閉じ込められた ビー玉に

光の味が ちょっとだけする



瓶ラムネを割る、密かに夏のすべてを手にする

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