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ハンバーグ師匠

彼女の料理はとても不味かったです。中でもハンバーグはダントツで不味かった。

 何度食べても食べても腕を上げることは無く、ついに大学三回生の夏のあの日以降、彼女はハンバーグはおろか他の料理も上達せずに事故で死にました。僕はその知らせを聞いた時泣き崩れました。クソまずいハンバーグ。こんな時には味なんて気にならないと思ってたけど、度を越したあの不味さはどうやってもハンバーグという言葉に付随して来るものでした。あのクソまずいハンバーグをほんのひと口食べて床に吐き捨てるか逡巡した後、飲み込んでから苦笑いして「作り方教えるよ」と言う日々が脳裏に鮮明に呼び起こされました。戻ることの無い日々。

 それから時は過ぎ、僕は新たな彼女を作りました。新しい彼女の作る料理はそれはそれは美味しくて。今思えばなんであんなクソまずい物を食べていたのか。毎日美味しいものを食べ、いい職にも就きました。そして、結婚をし、子供を授かりました。第一子は女の子。娘は子供らしくハンバーグなんてものが好きで、まだまだガキだなぁとよく思います。

 今日は妻が高校の同窓会で、娘と二人きり。パパ、ハンバーグ作ってよ。そんな事を言うので作ってやりました。渾身の一作。ハンバーグ。たんとおあがり。だが不評。クソまずいらしい。自分でも食べてみると、こりゃマズイ。「作り方教えるよ」と苦笑いで娘が言う。時計は午後五時を指していて、夕陽がダイニングへ差し込む。カーテンが風に靡いている。少し暑くなってきて、夏の訪れを感じる。ハンバーグを口に運んだ途端作られた彼のおでこのシワ。彼にまたあのクソまずいハンバーグを食べさせよう。今度は砂糖も混ぜてみようか。

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