洗いたての布団に似つかわしくない煙のにおい

近所の方に誘われて、2歳の子供に初めて花火をさせた。
なんとなく怖くて触れさせていなかったけれど、杞憂だった。
子供は、近所の子供と遊ぶのも花火も、どちらもとても楽しそうだった。
慣れていないからだろうが、暴れることも振り回すことも泣くこともなく、ジッと、真剣に、バチバチとはねる花火を眺めていた。
時折地面に向かって花火を向けるが、きっと明るくなる地面を見たかったんだろうなと思った。
大きな花火はさすがに怖かったのか目を閉じていたが、普段より1時間以上寝る時間が遅くなっても、終始楽しそうにはしゃいでいた。
家に帰って布団に運ぶ頃には、意識と反し寝入った体は燃えるように熱かった。

子供は最初だけ、疲れと眠さと興奮でグズグズしていたが、すぐにしずかになった。
私は、目が慣れてぼんやりと見えるようになった天井を見ながら、2人に残った花火の煙のにおいをかいだ。
子供は瞬きの内に大きくなり、一緒に出かけたり、まして無抵抗に体を預けてくれることなんてないんだろうなと、ぼんやり思った。

ただ漠然と、ぼんやりと、特に良いこともせず生きてきた人生なのに、こんなに幸せで良いのかと思った。
子供とこんな風に過ごせる時間は、私の人生のご褒美なのではないかと思う。

花火の光に照らされた子供の顔、怖さで強く握ってしまったやわらかい手、目に入ってしみる煙、秋の夜風に晒されながら、夏の風物詩を享受した一日だった。

鈴虫の 音もかき消す 破裂音
(たなくじ、川柳か俳句を読むと良いと書いてあったので)



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