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文体の舵を取れ|練習問題⑤ 簡潔性

一段落から一ページ(四〇〇〜七〇〇文字)で、形容詞も副詞も使わずに、何かを描写する語りの文章を書くこと。会話はなし。要点は、情景や動きのあざやかな描写を、動詞・名詞・代名詞・助詞だけを用いて行う。

<練習>

風がなく、何の匂いもしなかった。足は砂にとられ、おもうように進まない。枯れかけた街路樹の他に日差しを遮るものはなく、乾いた空気に頬が痛い。遠くで、犬がケンと鳴いた。沈みかけた太陽が、右の頬に真っ直ぐ突き刺さる。うつむき、細まった視界の角に犬共が群れとなり、砂を掻いている。ミドリが乗ってきたはずの車はすでに去り、自分たちの他に人らしき姿はない。秋の陽は、すぐに暮れゆく。伸びた影は、じき闇に溶ける。鉄塔は均一に並んでいた。建物に向かい、影の根元をたぐるようにして進んでいる限り、方角を見失うことはなさそうだった。男は、風もないのにシャツをはためかせている。手をかざし、庇(ひさし)をつくり、ミドリは襟を立て、ハンドバッグを肩に掛けた。紐靴を選んでしまったことを呪いながら、前へ前へと足を運ぶ。足をおろすたびにめりこみ、引き込まれてしまう砂地に立腹し、こんな場所に建物をつくった者に呆れ、呼びつけた者を罵倒したいと思ったが、来ることを選んだのは、自身であった。穴から砂がにじり入ってくる。いっそ裸足になろうかと思うが、地面は焼けていた。熱波を受け、靴底にも、熱がこもりきっている。体重をかけず、薄い円をかくようにして歩くように、と、前を向いたまま男が声を張る。駱駝にでも乗って移動するのが正しいのでは、と思っていると、彼は立ち止まり、ミドリを見て頷いた。そうして、指を鳴らす男に、犬たちが近づいてきた。というか、犬の群れだと思っていた一団は、駱駝のキャラバンで、男はそこから二頭譲り受け、これで行くからと跨った。

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