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文体の舵を取れ|練習問題⑧〈視点人物の切り替え〉

問1:三人称限定視点を素早く切り替えること。600-1200文字の短い語り。練習問題⑦で作った小品のひとつを用いてもよいし、同種の新しい情景を作り上げてもよい。同じ活動や出来事の関係者が数人必要。
複数のさまざまな視点人物(語り手を含む)を用いて三人称限定で、進行中に切り替えながら物語を綴ること。
空白の挿入、セクション開始時に括弧入りの名を付すことなど好きな手法を使って、切り替え時に目印をつけること。

<練習>

「それなら、砂漠の船に乗ろう」と、アオバノが切り出す。
「駱駝は、月夜の砂漠に足跡をつける大きな船だ。駱駝の眼の高さで、世界を見てみよう。生きるよろこびって、たぶんそういうところにあるんじゃないかとおもうんだ」など、と真顔で地図を開く。言い出すと聞かないのは、いつものことだ。

とうとうやってきた砂の丘の園の、入口の脇には井戸があり、白い服の小男が水を汲み上げていた。小男は、跳ねるようにポンプを押し続ける。透けた白衣は上下にしなり、若い鳥の羽のように軽やかで、じゃくじゃくと水を引き上げる音が小気味良い。清らかなしぶきが飛び出し、桶に溜まる。駱駝たちが舌を回し、すさまじい勢いで取り込んでいく。

ミドリも、その群れに今すぐ混ざり、このざらついた顔を取り外して差し出したかったが、駱駝のうしろに水を待つ人の列は、夕暮れの影よりもどんどん伸びていくばかりであった。居並ぶ人々は、頭から肩にかけたっぷりした布を巻き付けている。ほとんど暮れかけた太陽の、差し込み続ける光には、まだ剥き出しのミドリを焼き殺すだけの威力があった。これ以上、日に晒され続けるのは無理だとおもうが、水のためになら、どれだけ待たされたとしても並ぶしかなかろうと諦めた。

小男を後目に、アオバノは「早く中へ」と声をあげた。入口の前で砂を払い、ミドリを見て、付いて来いてくるようにと合図する。水が先だろう、と睨む彼女に断る間も与えず、扉に手をかけて躊躇なく踏み出す。「水は?」と息を乱すのを制して、「中にもある」ときっぱり言った。踏み込んだ先は半地下で、この出入口の他、外に向かって開かれたところは何ひとつない。

小走りで付いていき、互いの顔も判別できぬ薄明りの下に待たされているあいだ、ミドリは黙って砂を払い続けた。暗がりに、どうにも様子がわからない。アオバノは、おそらくじっと立っていて、全身くまなく砂まみれであることをさえ彼は平気でいるようだった。この砂をどうにかしたい、とミドリは闇雲にからだを動かす。これをどうぞ、と渡された羽根では、埒が明かない。払っても、払っても砂が出て来る。こんなところまで付いて来てしまったことを後悔する。よこはま動物園ズーラシアか、那須動物園にしておけばよかったとおもう。獣くさい風が吹いて来る。

(アオバノ→小男→ミドリ→アオバノ/943文字)

問2:薄氷
600-2000文字で、あえて読者に対する明確な目印なく、視点人物のPOVを数回切り替えながら、さきほどと同じ物語か同種の新しい物語を書くこと。

<練習>

入口の脇には井戸があり、白い服の小男が水を汲み上げていた。美しい井戸だった。小男は跳ねるようにしてポンプを押し続けていた。透けた白衣は上下にしなり、若い鳥の羽のように軽やかで、じゃくじゃくと水を引き上げる音が小気味良い。清らかなしぶきが飛び出し、桶に溜まっていく。駱駝たちが舌を回し、すさまじい勢いで取り込んでいく。ミドリもその群れに今すぐ混ざり、ざらついた顔を取り外してでも差し出したかったが、駱駝のうしろに水を待つ人の列は長くなる一方だった。人々は頭から肩にかけ布を巻き付けていた。ほとんど暮れかけていたけれど、差し込み続ける光にはまだミドリを焼き殺すだけの威力があった。これ以上、日に晒され続けるのは無理だった。しかし、水のためになら、どれだけ待たされたとしても並ぶしかなかろうと諦めた。アオバノは、そんなミドリに早く中へ、と、急かした。水が先だろうと睨むが、断る間も与えず先へと踏み出す。
「水は」
「中にもある」
もとは窓であった切り出しも土塊で塗りつぶされ、出入口の他には、外に向かって開かれたところはなかった。日差しから遮断された、半地下の部屋に通されるとそこはひどく冷えており、心細くなった。互いの顔も判別できぬ薄明りの下に待たされているあいだ、ミドリは黙って砂を払った。アオバノはおそらくじっと立っていた。全身くまなく砂まみれであることをさえ彼は平気でいるようだった。この砂をどうにかしたいと告げると、アオバノが玉虫色の羽根を取り出して寄越した。暗がりでもびかびかと光る立派な羽根だった。その羽根でひと掃きすると、嘘のように砂が落ちた。などということはなく、出迎えの者についてさらに先へと進みながら、ミドリは今、砂を延々と掻き出している。土間の先には、アオバノの言った通り、水場があった。ちいさなランプの灯りの下に、大人が三人並んで入れるほどの桶が置いてあった。張られた水を先客がざばりと掻き混ぜた。アオバノはきっと得意な目をしていることだろう。順番を待たず、ミドリは浴槽に両手を差し込んだ。先に居た者は寛大に場を譲ってくれた。勇気を得、その水で顔を洗い口を漱ぎ、そうして、襟を戻し、靴を脱いだ。アオバノも同じようにした。振り回しても振り回しても、靴から砂が零れ落ちた。身に着けたあれこれをひっくり返したり叩いたり、髪を払ったり、鼻をかんだり、一通りを終えるまでには充分な時間を要し、まとわりつくものから逃れると、ようやく人心地がついた。夢中になりすぎたわが身をいさめ、火照りを残したまま深く息を吸った。と、天日に干した毛布のような匂いと蒸れたゴム長のような匂いとが押し寄せてきた。すぐ脇に、幾つもの気配があり、何か大きな生き物のあることを知った。ぎょっとするミドリに、三人目の小男が「お気になさらず」と告げた。

(1162文字)


そしてミドリは駱駝のうえで、念願のピースサインを……というわけにもいかなさそうな、駱駝の話。

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