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文体の舵を取れ|練習問題④-2〈重ねて重ねて重ねまくる〉構成上の反復

問2:構成上の反復
語りを短く(七〇〇〜二〇〇〇文字)執筆するが、そこではまず何か発言や行為があってから、そのあとそのエコーや繰り返しとして何らかの発言や行為を(おおむね別の文脈なり別の人なり別の規模で)出すこと。
やりたいのなら物語として完結させてもいいし、語りの断片でもいい。

<練習>

「どう、世界が違って見える?」

 アオバノが、自信たっぷりに微笑んだ。
 いたずらな目に促され、気怠いからだを半分起こす。無理やり起こされたミドリの、真っ白な腕をくすぐって、アオバノが「ほら」と窓の向こうを指さした。微笑む彼の人差し指の、その先の空は、ようやく白みはじめている。硝子越しの朝焼けは、あたらしい季節のさかい目にある。ミドリは、はだけた毛布を胸まで引きあげる。毛布の端を彩る、よく磨かれたコバルト色の爪には、そこにだけ夜が残っているようだった。
「世界」
 アオバノは、昨夜から続く10回目の「世界」を発した。
 そんなに簡単に、世界は違わない。
 違わないし、違って見えたりもしない。
 醒めたあたまで、ミドリは太陽を見る。昇り切らぬ太陽が、遠くに望む海原にけぶる。充分すぎるほど広いベッドに寝返りを打ち、アオバノが水を取りに立つ。部屋の真ん中に置かれたベッドは、よく言えば大変にクラシカルで、立ち上がると軋み、着地するとまた軋んだ。スイッチを入れると、昔は回転したという。うそだろうとおもう。おもいながら、冷たくなった下着を毛布の中に見つける。雲の流れゆくさまを眺めながら、何気ない顔で、右脚を突き入れる。真っ白な足首を。ふくらはぎを。太ももを。日に当たったことのないようなやわらかい肌に、シルクを模した化繊が覆う。前と後ろを間違えたりしたら嫌だな、とおもうが、引っ掛かりのなかったことをおもえば、ちゃんと履き直せているはずだった。慣れていない、とおもわれるのは、癪だ。慣れている、とおもわれるのも、気に入らない。窓の外には光があふれかけている。
「ビール」
「水は?」
「ビールの方が安い」
 ミドリはまた横になる。仰向けの天井に、しみが出来ている。部屋が明るくなると、天井のしみは人の顔に似て見えた。どこかで見た顔だと、目線でそのしみをなぞる。「こわくはなかったでしょ」と、アオバノが、ミドリの髪を撫でる。髪に触れられてミドリは、また瞼を閉じる。ぬれた睫毛に、アオバノの指が触れる。閉じた目に、太陽を感じる。
(こわかった)とおもいながら、「つっかえていたものが取れた気がする」とミドリはつぶやく。ほとんど聴こえないくらいに。と、「入っていたものが抜けたのだからあたり前である」と、アオバノが微笑む。身もふたもないことを言って、アオバノは、いつも、何度でも笑う。そういう情緒のないところが気に入らなくもあり、救われる気もする。それでも、世界は、なにひとつ変わらない。他人の温度も、肉の入って来ることも、ただ、ながいことわすれていた。それだけだった。
「でもこわいよ、やっぱり」
 言い直したミドリの唇を、アオバノがしゃぶった。
 ふたたびの陶酔を、ゆらぎを待ち構えたミドリを、アオバノが毛布ごと抱きしめる。
「ぼくは、今、ただ腰が痛い!」
 アオバノは、ビールを煽り、またひとつベッドを軋ませる。

きもちわるい話ばっかり書いているので、なんかちょっと晴れやかな、しあわせな感じの断片を書いてみたいなと思って進めてみたものの、なんかちょっときもちわるいですね。なんなんですかね。


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