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文体の舵を取れ|練習問題⑦〈視点(POV)と語りの声〉|追記(9月15日)

POVとはなんぞや。

〈複数の人物が何かをしている〉四〇〇〜七〇〇文字の短い語りになりそうな状況を思い描くこと。出来事は必ずしも大事でなくとも、何かしらが起こる必要がある。今回のPOV用練習問題では、会話文をほとんど(あるいはまったく)使わないようにすること。
問1:ふたつの声
①単独のPOVでその短い物語を語ること。視点人物は出来事の関係者の誰か。三人称限定視点を用いる。
②別の関係者ひとりのPOVで、その物語を練り直すこと。用いるのは再び、三人称限定視点。

<練習|問1-①>

カミサマを見に行こう、とアオバノが誘った。
着いた先は、解体中のユキドケ荘だった。廃材の前にうなだれる年寄りと、梁に沿う、大きな繭玉があった。繭らしきものは、残された梁の角で風に吹かれていた。ぼくたちには澄み切った青空が必要だから、などとアオバノが言って、空をつかむようにジャンプした。けたたましく笑うミドリが、オーシマ爺の涙に気づいて、黙った。爺は、ほとんど柱だけになったアパートメントを眺めていた。剥き出しの柱を見つめ、住んでいた部屋を支えていたはずのものだとすすり泣きながら。右手には缶ビールを、左手には、アオバノが渡したハンカチを握りしめたまま。作業員らは、瓦礫を運び出し、次々とトラックにのせた。残った作業員が、砂塵を抑えるために、水を撒いた。ホースからしぶきがあがると、降り始めの雨に似た匂いがした。諦めきれずにたたずんでいる爺の足元にも、泥混じりの水が跳ね、履き古された靴の先端が濡れた。いつもなら飛び掛かっていくはずのオーシマ爺が、今日ばかりはおとなしかった。爺にも、あの繭玉は見えているのだろうか。

(三人称/アオバノ視点/452字)

<練習|問1-②>

居た。
アオバノの言う通りだった。
それは、梁の上で、灰色に揺れていた。腰掛けるように、或いは、そこから生えているかのように。毛むくじゃらのからだを柱に沿わせ、ねむっているのか、風が吹くたびに荒くれた被毛を震わせ、ただ、そこにあった。解体途中のアパートメントは、すでに柱だけになっていた。もとは、築50年の木造りの建物である。駅の真裏の小路を一つ曲がった先に、木枠の窓にサッシが引かれ、屋根は何度も張り直されたのか、ずっと、つぎはぎだらけの珍妙なつくりであった。歩けば音の鳴る外付けの階段は、大人同士がすれ違うのも難しく、オーシマ爺は一番手前の部屋に暮らしていたらしい。建物の西側の壁面は蔦が覆い、人ばかりではなく、虫や鳥も住んでいた。建物よりもずっと古びた肉体を持てあます爺は、べそべそといつまでも泣いていた。作業員らが、次々と瓦礫を運び出し、トラックの荷台に積んでいく。爺の泣いているそばで、ぼくたちには澄み切った青空が必要だ、などと、雲をつかもうと舞いあがるアオバノをばかだとおもい、蹴飛ばした。作業員がよろけ、立てかけてあった玄関ドアが音を立て倒れた。老朽化である、と言われたところで、はいわかりました、と出て行くわけにはいかなかったろう、とミドリはやるせない。カミサマなら、まだなんとかしてくれるのではないかと、残された柱とそこにある繭玉を見た。近づいて見るため、敷地内に踏み込もうとする。と、ホースの先から飛び出した水が弧を描き、作業員が、後ろに下がれと合図を寄越した。

(三人称/ミドリ視点/638字)

問2:遠隔型の語り手
遠隔型の語り手、〈壁にとまったハエ〉のPOVを用いて、同じ物語を綴ること。

<練習|問2>

あたらしくなる。はこはぼうになる。つちになる。あめがくる。とちのかみさまがでる。きよめたまえがくる。にんげんがいる。とんでいるにんげんとうごかしているにんげんとわらっているにんげんとないているにんげとないているにんげんがいる。ないている。ないているのはいちばんふるい。ふるくて、みたことがある。みた。かきのにおい。あしをひきずるうるさいにんげん。おおきいこえがでる。うるさいにんげん。ずっと、もっとふるいにんげんといっしょだった。ふるいにんげんをおしてまわる。ぐるぐるまわる。がらがらにのるもっとふるいのにんげん。すきなにんげん。みるくをくれる。ゆきどけのまえにみずをおく。おいた。みるくをおいた。あまいみるく。いまはない。ふるいにんげんは、さかなをくれる。ちいさいさかな。あまいさかな。たかいこえをだしてよぶ。さかなだぞをくれるときわれのこえをまねする。にーという。にーにーという。さかなだぞという。さかなだぞ。ゆきどけがなくなる。つちがでてくる。うごかしているにんげんがいる。はこをこわす。おおきいをうごかす。おおきいのくるまがくる。つちのほこり。みずがくる。とぶにんげんとわらうにんげんがとまる。かみさまをみている。もっとふるいにんげんはいない。いない。かみさまがつれていく。いった。ないている。ひとりきりのにんげん。ふるいにんげんのにおいがつよくなる。にーといわない。ひとりになるのはわれとおなじとおもう。さかなだぞをまっている。おおきいくるまがくる。ゆきどけはおわる。つちがみえる。あたらしくなる。

(一人称/ハエ、ではなく猫視点/656字)

問3:傍観の語り手
元のものに、そこにいながら関係者ではない、単なる傍観者・見物人になる登場人物がいない場合は、ここでそうした登場人物を追加してもいい。その人物の声で、一人称か三人称を用い、同じ物語を綴ること。

天気が崩れると、工期に影響する。ヨシダタケシは首元にタオルをねじ入れ、ヘルメットをかぶり直す。この現場は、あと2日で完全に片付けなければならなかった。ちいさなアパートメントだというし、木造建築だと聞いていたから、重機で一発のつもりでいたのだけれど。つぎはぎ屋根と、謎の増築のせいで、ばらしにも分別にもずいぶん手間取った。おまけに、雨が続いている。監督は、荒天も見越してのスケジュールなんだからちゃんとやれよと無責任なことばかり言う。あいにく、今日もこれから雨の予報だ。廃材が水を吸うのも、足元がぬかるむのも気に入らない。「焼ける太陽の暑い日」よりもましだとジャミラくんは言うけれど、雨がくると、古傷も痛む。ジャミラくんが現場に着くなり、ダーマン! と、手を挙げた。ジャミラくんは、ヨシダのことををダーマンと呼ぶ。最初は、シダサンと言っていたが、現場を重ねるごとに、シダーサン、ダーサンとなって、季節が一巡した頃には、ダーマンが定着した。そして、2度目にダーマン! と声をあげ、指をさしたその先には、カミサマがいた。昨日までいなかったはずなのだけれど。出てきてしまったのであれば、仕方がない。監督に報告すべきかと迷ったが、言ったところで、話がややこしくなりそうなだけだから、黙っていることにした。明後日には、すべて終わらせなければならない。雨を気にしている場合ではなかった。作業着がずくずくに濡れていく。濡れているといえば、道の向こうにじいさんがいる。初日から毎日、同じじいさんが来ている。元住人、とか誰かが言っていたような気もするが、本当かどうかは、怪しい。廃材を盗んでいく不届き者もあるし、養生シートの内側に勝手に入られたりして、怪我でもされたら面倒だ。崩落を狙う当たり屋みたいな輩も、いないわけでもない。廃材を運び出すたびに睨みつけているが、じいさんは、ものともせずにたたずんでいる。どうやら泣いてるらしく、話しかけてやるべきか、少し迷う。迷うが、今日までずっと無視してきたから、今更、声は掛け辛い。道路を隔て、柱だけになったアパートを見上げ、よれよれのまま酒を傾けている。カミサマを取りに来たのだろうかともおもったが、もしかしたらこっちがカミサマなのか、ともおもってしまう。いや、一瞬だけ。だけど、今日は、うかれた若いやつらまでいる。どいつもこいつも酔狂だと呆れ、とにかく早く、ここを片付けたいとだけおもい、重機を動かす。

(三人称/現場作業員の視点/1012字)

POVとは、Point Of View、つまり、視点、「物語の語り手およびその語り手と物語の関係性」を示す専門用語であるらしい。
ミドリは、すぐ足が出る。


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