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全身麻酔で顎を削った話

さくらももこの「そういうふうにできている」を読んだ。

私はさくらももこのエッセイが好きで、さくらももこのエッセイ三部作と呼ばれる「もものかんづめ」「さるのこしかけ」「たいのおかしら」も持っている。

どれも面白いが私は「もものかんづめ」と「たいのおかしら」が特に好きだ。電車の中で読むと絶対にニヤニヤしてしまう。吹きそうになることもある。マスクを着けないといけない今だからこそ、移動中にさくらももこのエッセイを読むことを楽しんでいる。

「そういうふうにできている」はさくらももこの妊娠、出産の経験について書かれたエッセイだ。帝王切開のついでに盲腸を切った話や、出産後に粉瘤が悪化した話を読んで、自分の経験も文章に起こしてみたくなった。

私は高2のときに全身麻酔で手術をしたことがあった。「エナメル上皮腫」という病気で、そこまで珍しい病気ではないらしい。簡単に言えば良性の腫瘍が顎の骨の中にできる病気だ。エナメルといえば歯のエナメル質を聞いたことがあるだろう。歯は顎の骨から生えている訳だけど、そのエナメル質がなんだかおかしくなって腫瘍になったのがエナメル上皮腫だそうだ。

この病気の厄介なところは、痛みや痺れなどの自覚症状が出たときには腫瘍はかなり大きくなっていることがほとんどなことである。そうなると顎の骨をカパっと外して人工の骨に付け替える手術をしなくてはいけないそうだ。

幸いにも私は初期の状態で発見することができた。歯列矯正をするために歯医者さんで撮ったレントゲンに黒い影が写り込んでおり、念のため大学病院で診察を受けることになったのだ。しかし、CTやレントゲンの写真だけでは、この黒い影が何者なのかは分からない。つまり、開けてみないと分からない、という事だ。

あれよあれよと話が進み、私は3泊4日の入院と全身麻酔下での手術が決まったのだ。

私は顎に痛みも違和感も何もない。この医者が言っていることが嘘っぱちだとしたら、私は無意味に全身麻酔をして、口の中にメスを入れられて顎の骨をガリガリやられることになる。

とは言え、私も現代医学を信じていたので、大人しく医者の言う通りに従った。手術自体への恐怖はあまりなかった。ただ当時の私は生まれて初めての彼氏が出来たばっかりで、ちょうど交際2ヶ月目と言うアツアツで楽しい時期だった。手術は10月末だったので、クリスマスデートまでに顔の腫れが引くかどうか、入院中は彼氏に会えないこと、また会えるくらいに腫れが引くまでにはどれくらいかかるのかということばかり気にしていた。

入院は初めてだった。初めての病院食にワクワクして、毎食スマホのカメラに抑えていた。内臓の病気ではないので、持ち込んだお菓子やらジュースをバリバリゴクゴクとしていた。見舞いに来てくれた家族が帰るとずっとツムツムをしていたような気がする。学校の課題も持っていってたけど、勉強をした記憶がほとんどない。なんせ手術をしてから4年も経っており、記憶が少しずつ抜けてきている。

手術は入院2日目に行われる予定だった。しかし私は初日の夜に37.3℃の微熱を出してしまった。時期も時期だったのでインフルエンザも少々疑われた。検査の結果は陰性だった。

母と執刀医と私の3人で話し合いが行われた。執刀医は日程を改めることも一つだと提案してくれた。母はそのようにして欲しそうだった。しかし私は明日に手術をしてしまいたかった。日程を改めたら彼氏に会えるまでの期間がまた伸びてしまう。21歳を目前に控えた現在の私だったら、医者の提案を飲んで手術の日程を改めるだろう。全身麻酔なので、やはり万全な状態で挑みたいと思う。しかし16歳の小僧であった私は自分の命よりも彼氏優先だったのだ。なんとも盲目的でアホらしくて恥ずかしくなってくる。

ちなみにこの彼氏とは、大学1年の秋まで約2年お付き合いすることになる。私の盲目的な情熱は2年経っても冷めやまず、別れを告げられてから1週間泣き続け、1年半引きずることとなった。

医者は明日の朝平熱まで下がったら手術をしても良い、と話してくれた。倦怠感や咳などの発熱以外の症状は無かったので、知恵熱的なものだと考えていたのだろうか。私は絶対に明日手術をしてやる、と意気込んでその日の夜は眠りに落ちた。

翌日、無事手術ができることになった。万々歳。緑色の手術着に着替えさせられた。全身麻酔への恐怖は少々感じていたものの、私は冷静だった。去年受けたコロナワクチンのときの方が遥かに緊張していた。

手術室にガラガラーッと運ばれるのをイメージしていたが、実際は普通に歩いて手術室に向かって、自分でよっこらせと手術台の上に仰向けに寝転んだ。もう少し下に下がれますかーという美容室のシャンプー台でのやり取りみたいなことをした。

麻酔を入れる前に酸素マスクをつけられた。そっか、私はこれから自分で息ができなくなるのか。そう思うと少し怖くなってきたが、医療ドラマでよく見るあの酸素マスクが自分に付けられていることにどこかワクワクしていた。

いよいよ麻酔が注射された。よくある30秒数えてやる、みたいなことはしなかった。とりあえずライトで明るくなっている天井を見つめていた。だんだん視界がぐるぐるして来てウェ〜きもちわりぃ〜となるうちに瞼が閉じたり開いたりして、これを自分の意思でやっているのかよく分からなくなってきた。次に目に入って来たのは病院の廊下だった。手術が終わって部屋に移されている最中だったようだ。全身麻酔経験者がよく言う、「え?もう終わったの?」という感覚だった。「気分はどうですかー?」と聞かれて「あ〜なんかよく寝たなーって感じです」と答えたら「ハッハー、さすが若いね、アハハ」と笑われた。このときも意識がはっきりしているわけではなく、自分の身体もうまく動かせない。

今書いていて思ったが、ちゃんと手術中には目覚めなくて、手術が終わってちょうどいいタイミングで目が覚めるのだ。すごい。

さくらももこが帝王切開のついでに盲腸を切ったように、私もついでにまだ生えていない親知らずを抜いてもらった。手術をしたのは右下の顎なので1本だけだが、これはラッキーであった。

部屋のベッドに移されてからは家族と少し喋って、すぐに寝てしまった。そこから起きた直後の私がこれ。

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向かって左側を手術したので、ちょっと腫れている。翌日にはこのときの5倍くらい腫れた。目覚めてすぐにTwitterをチェックしているあたり、ツイ廃ぶりは四年経った今も変わらない。

食事はすぐに食べてokだったので、夕食を食べた。

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犬のエサではない。私のエサである。

これは限界まで刻まれた青椒肉絲だ。お米もお粥になっている。口の奥を切られているのに、女子高生の食欲は恐ろしい。口に若干痺れが残っていて少々食べづらかった。味は青椒肉絲だけど、青椒肉絲を食べている気持ちにはならない。素材の食感は大事だ。

そんなこんなで手術は無事終わり、その後も何事もなく、たしかもう一泊余分にしたような気がするけど家に帰れることになった。

しかしこれでおしまい、ではなかった。私の口の奥にある傷は完全に縫われていない。なんか理由があって閉じかけになっているのだ。私の顎の骨やその周りの組織は腫瘍を取ると穴が空いているような状態になっていた。レントゲンで黒く映った部分がちょうど空洞になったと言って良い。なんと退院直後は薬を塗ったガーゼをその穴の中に突っ込まれているのである。

ガーゼは生きた人間の肉片に突っ込まれているので、だんだん腐ってくる。それを定期的に病院で引っこ抜いてもらい、また新しいガーゼを詰められるのだ。このガーゼを抜く瞬間がめちゃくちゃ痛い。今思い出しても足の力が抜けるような感覚になる。するする〜っと抜ける訳ではなくときどき何かに引っかかって、それがもう、めちゃくちゃに痛い。執刀医に「ごめんね〜」と言われながら、自覚症状も何もない、ただレントゲンに影が写っただけでこんな思いをしなくてはいけないのかと、とても辛くなった。

晴れてガーゼを詰めなくても良くなると、こんどは注射器が必需品となった。ガーゼを詰めないので、私の口の奥にはひとつの部屋があるような状態になる。すると食べたご飯粒やらが色々詰まってしまうのだ。それを取り除くために、注射器に水を入れて、鏡の前で大口を開けながら穴のところにダイレクトアタックをする。すると中から今日食べたものたちが流れてくるのだ。

その姿がなんだか情けなくて、多感な時期の女子高生にとってこれは辛いことであった。いかに普通の健康な状態がありがたいかを、身に染みて感じた。

修学旅行にも私は注射器を持っていった。同じ部屋の子がお風呂に入っている間に、ちゅーっとやっていた。

人間の身体は面白いもので、傷は半年くらいで完全に塞がってしまった。だんだんと顎の骨も再生されて来ていて、今では完全に元通りになっている。私自身は何もしていないのに、勝手に骨を作ってくれた自分の身体を褒めてあげたい。

私は顎の骨を完全に取り替えていないので、いつでも再発の可能性がある。そのため今でも半年に一回、執刀医に診察をしてもらっている。執刀医はとてもいい人で、私の人生の中でも会えて良かった人の中に入る。この病気をしなかったら一生縁がなかったと思うと、人生の面白さを感じる。私はこの先生のある一言によって、就活に関して舵を大きく切ろうか悩んでいる。

実は手術はもう一回やった。その時は局所麻酔で、意識がある中、口の中をガチャガチャやられた。病気なんてしない方が良いのは明らかだが、この歳で全身麻酔も局所麻酔も経験している人は珍しいのではないかと思うと、ひとつの経験かなと思っている。再発はして欲しくないけど…。

そんなこんなで、全身麻酔で顎の骨を削ったお話でした。

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