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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第22話 森林破壊問題の詭弁

前回の話はこちらから

https://note.com/malaysiachansan/n/nd4f0812bffdf?magazine_key=m0838b2998048

 この話は2018年にまで遡る。この年の後半、氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)はクアラルンプールで開催されたシンポジウムに招待されていた。そのシンポジウムは環境問題に関するもので、欧州からその専門家が招待され、世界が直面している環境破壊の現実について、様々なパネリストが登壇しディスカッションを行うというものだった。正直なところ、氷堂は環境問題については大して興味もないのだが、この日は違った。なぜなら専門家の一人によって、「マレーシアは国として環境破壊を容認している」と糾弾する内容が話される事を予め聞かされていたからだ。氷堂は当事者の一人として、一体どんなことが話されるのか聞いてみたいと思った。それで氷堂は会場のマレーシア国際貿易展示場へと車を走らせた。

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 このマレーシア国際貿易展示場は2016年に完工したばかりの展示会場で、マレーシア国内では最大の面積を有する事で知られている。10万人近い来場者にも対応でき、マレーシアのみならず、近隣諸国からも無数の出展者や来場者が足を運んでいる。言わば東南アジアのハブ会場だ。その一角の大会議室で、今回の環境フォーラムは開催されていた。

 会場には1000席近い座席が用意されていたが、既に9割は埋まっていた。周りを見ると、マレーシア人のみならず、欧米系と思われる白人の出席者も少なからずいた。どうやらこのシンポジウムは世界的に注目を集めているらしい。会場に着いた氷堂は、適当に空いている席を見つけて着席した。そしていよいよ基調講演が始まった。

 登壇したのはEUの欧州委員会の代表者だった。40代の小柄な白人の女性で、外見的には弱々しそうに見えたが、マイクを取って話し始めると、その力強いスピーチに聴衆は息を飲んだ。そしてその講演が半ばを過ぎた頃、彼女は開催国であるマレーシアを名指しで批判し始めた。

「マレーシアは世界屈指のパーム油の輸出国ですが、これが環境破壊の大きな要因となっています。私たち欧州委員会は、輸送用の燃料に混ぜるパーム油の輸入を2030年までに事実上禁止する事を決定しました。これにより森林破壊は止まり、環境は保全されます。更にこの秋からはパーム油に対して、最大18%の相殺関税を課す予定です。私たちは環境保護に全力で取り組んでいます。マレーシアの事業者の皆様も、是非この点にご協力ください。地球は悲鳴を上げています。もう時間は無いのです!」

 登壇した女性の余りの迫力に、会場はあっけに取られていた。しかしその時だった。氷堂の耳元で小さな声が聞こえた。

「欧州のクソ野郎。理想ばっかり突き付けやがって。」

 氷堂は驚いて横を見ると、そこには50代と思われるマレー系の男性が一人で座っていた。そしてその表情を見ると明らかに怒りに震えており、声を押し殺しているようにも見えた。そうこうしている内に女性の講演は終わり、シンポジウムは休憩時間に入った。


 氷堂はその男性に声を掛けてみる事にした。なぜあんなに怒っていたのか、当事者の声を聞いてみたいと思ったからだ。

「こんにちは。私はリツと言います。私はポートクランの港湾でコンテナリースの会社を経営しています。お会いできて嬉しく思います。」

 するとその50代の男性も返答した。

「はじめまして。私はミハイルと言います。お会いできて光栄です。私はサバ州でパーム油の会社を経営しています。」

 そこで初めて氷堂は理解した。隣に座っていた男性はパーム油の会社のオーナーだったのだ。それならば怒りに震えるのも理解できる。名指しで自分たちのビジネスについて糾弾されたのだから。氷堂はミハイルについて更に興味を持った。それで彼に提案してみることにした。

「私の事業所があるノースポートは、主にタンカーが寄港する港として知られています。弊社はコンテナ船社が取引先なので、タンカー船社とは取引が無いのですが、恐らくミハイルさんの会社のパーム油も私たちのノースポートに寄港していると思います。それでもしお時間がある様なら、このあと一緒にお茶でも飲みませんか?最近のパーム油業界の状況についても、色々と知りたいと思っていまして。」

 そういうとミハイルは「勿論です」と即答した。それで二人はカフェテリアに向かい、コーヒーを注文して席に着いた。氷堂は先ほどの件を更にミハイルに尋ねてみた。

「ミハイルさん、先ほど欧州委員会の女性が講演されていた時、貴方が『欧州のクソ野郎。理想ばっかり突き付けやがって』と仰っているのが聞こえました。恐らく鬱憤が相当貯まっていらっしゃるのかと思います。どんな点に腹を立てているのか、教えて頂けませんか?」

 するとミハイルの顔色が再び曇り始めた。そして少し強めの口調で返答した。

「あぁ、あの女の事か。あいつらは理想ばかりを突き付けて、現実を全く見ていない。俺たちがどれだけ今まで欧州を助けてきたか、全く理解していないんだよ。そうだ。今度俺たちの農園を見学に来ないか。そうすれば現実を良く理解できるだろう。」

 ミハイルは社交辞令のつもりでそう言ったのかもしれない。しかし氷堂はこの問題について、本質を理解したいと願っていた。それで即答した。

「是非伺わせてください。例えば再来週はどうでしょうか?ディパバリ(ヒンドゥー教のお祭り)の連休がありますので、そこでなら1泊2日でお伺いする事ができます。」

 ミハイルは少し驚いた様子だった。それもそのはずだ。偶然先ほど隣に座った日本人が、自分の農園を訪問する事になったのだから。それでもミハイルは嬉しそうだった。恐らく自分たちの業界が長年非難を受けてきたので、その実情をもっと知って貰いたかったのだろう。それでミハイルは氷堂の訪問を快諾した。その後二人は会場を後にした。


 2週間後、氷堂はクアラルンプール空港にいた。これからサバ州の首都であるコタキナバル行きの飛行機に搭乗するのだ。マレーシアは西の半島側と東のボルネオ島側の2つに国土が分かれているが、コタキナバルは東のボルネオ島側に位置し、その中でも最大の都市として知られている。

第22話 コタキナバルの地図

 クアラルンプールからコタキナバルまでは距離にして約1000マイルほど離れている。ちょうど東京~沖縄間と同じくらいの距離だ。予めオンラインチェックインを済ませておいた氷堂は、預け荷物も特になく、手荷物だけで飛行機へと乗り込んだ。そして2時間30分ほど経過した頃、飛行機は着陸態勢に入った。

 しかしこの時にはまだ、パーム油業界が抱える驚愕の闇を知る事になるとは、全く想像できていなかった。

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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