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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第54話 新興国のインフラの落とし穴

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/n04621f0c3032
 
 この話は2019年まで遡る。マレーシアのポートクランでコンテナリース会社を営む氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日も朝6時に起きた。起床後すぐにコーヒーを淹れ、英語のニュースをネットで読むのが氷堂の日課だ。ちなみにマレーシアの日の出は遅く、朝7時30分頃にならないと辺りは明るくならない。氷堂はこの夜明け前の静寂の時間が大好きだ。
 
 しかしこの日は様子が違っていた。水道の蛇口をひねったのだが、水が出てこない。いや、厳密にいうと100ml程度は出たように思えたが、それ以降全く出なくなってしまった。「困ったものだ」と感じたが、今家の中でできることは何もない。途方に暮れた氷堂は、仕方なく外が明るくなるのを待つことにした。
 
 そして日が昇ってきた。氷堂は表に出て水道管を確認してみたが、それは確かに栓は開いていた。どうやら断水らしい。
 

 
 頭を抱えていると、ちょうど隣の家主も外に出てきた。彼は50代のマレー系の大柄な男なのだが、氷堂に塀越しに声をかけてきた。
 
「リツさん、おはようございます。いやぁ、これは断水ですな。まぁマレーシアではしょっちゅう起こるもんですが、朝から急に水が出ないっていうのも参りますな。それじゃ良い一日をお過ごしください」。
 
 そう言うと家主は家の中へと戻っていった。マレーシア人にとって断水は日常茶飯事で、もう慣れっこになっている。仕方なく氷堂は家の中に戻ると、ラジオのスイッチをオンにしてみた。マレーシアにおいてラジオは重要なメディアで、テレビよりもラジオの方が最新情報を手に入れることができる。しかしチャンネルをニュースに合わせてみたが、断水に関する情報は一つもなかった。
 
 それで仕方なく氷堂は家を出て会社に向かうことにした。氷堂はジェラムという田舎町に住んでいるのだが、そこからポートクランまでは約35km、車で45分ほどの距離だ。氷堂は考えた。「仮にこの辺りが断水でも、会社まで行けば断水は解消されているのではないか」と。そう考えた氷堂は、ポートクランへと車を走らせた。
 

 
 午前8時30分、まだオフィスには誰も出勤していなかった。それで早速水道の蛇口をひねってみた。しかし一滴も水は出なかった。氷堂には信じられなかった。自宅からポートクランまでは35kmもの距離がある。こんなに広範囲で断水になることがあるのだろうか。例えて言うならば、千葉市やさいたま市で断水が起きて、都心の会社に出勤しても同じく断水だったようなものだ。日本の常識では有り得ない事だった。
 
 手の打ちようがなくなった氷堂は、とりあえず社員が出勤してくるのを待つことにした。しかしこの時の氷堂には、その後もこの断水が超広範囲かつ超長期間続くこと、そしてその全ての要因が政府の余りにもずさんなインフラ管理にあることなど、まだ知る由もなかった。
 

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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