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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第74話 密猟により絶滅に瀕するマレートラ

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/nece83e779c27?magazine_key=m0838b2998048
 
 この話は2019年に遡る。マレーシアのポートクランでコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日、オフィスで事務作業を進めていた。ちなみに氷堂のオフィスからコンテナが保管されている保税区までは2kmほどの距離なのだが、基本的に氷堂は何か特別な用事がない限り、保税区へは行かない。保税区におけるコンテナの管理業務は、現場責任者のケヴィンに任せているからだ。ただこの日は違った。午前9時30分、携帯電話が鳴った。発信者はケヴィンだった。電話を取ると、開口一番ケヴィンは言った。
 
「リツ、朝早く申し訳ないね。実は今日の午後に出港予定の船が遅延になった。この船にはうちのコンテナも乗っているから、リツにも報告しておこうと思って」。
 
 ケヴィンの言葉を聞いて、氷堂は考えた。そして答える。
 
「いつも対応してくれてありがとう。今回のコンテナは、香港で次の借り手が付いている。だから仮に出港が遅れれば、先方にも連絡を入れなければならないね。ただ遅延なんて普通は1日か2日くらいだから、そんなに心配しなくても良いかな」。
 
 氷堂は楽観的に思っていた。しかしその見込みを打ち消すかのように、ケヴィンは言葉を被せた。
 
「いや、今回の検査は相当時間がかかるかもしれない。なぜなら税関だけでなく、警察も動いている。これは噂だが、コンテナの一つにマレートラのはく製が含まれていたらしいんだよ」。
 
 「マレートラ」という言葉を聞いて、氷堂は眉をひそめた。マレートラとはユーラシア大陸最南端のマレー半島が生息地のトラで、IUCN(国際自然保護連合)によって絶滅危惧種にも認定されている。かなり小型のトラで、縞模様の間隔が狭いのも特徴で、現在の個体数は約300程度まで減っていると推察される。この危機的な状況に、マレーシア政府はマレートラを保護するため、これまで密猟に対する厳罰化を含む様々な策を採ってきた。それでも密猟はなかなか減らず、個体数は減少の一途を辿っている。
 

 
 ケヴィンとの電話を切ると、氷堂は頭を抱えた。事態は思ったよりも深刻かもしれない。警察の捜査が長引けば、最悪1週間以上、船は出港できなくなる可能性もある。ただ一つ、少し良い案を思いついた。この難しい事態を、イスマイルなら何とかしてくれるしれない。イスマイルはポートクランの港湾当局の副長官で、港湾の表も裏も知り尽くした男だ。彼に頼めば、状況を打開できる可能性もある。ちなみにイスマイルは非常に高位の人物であり、本来であれば氷堂のような零細企業の事業主が近づくことは難しい。ただイスマイルは大の日本好きで、かねてから氷堂の事を個人的にかわいがっていた。そのような縁もあり、イスマイルと氷堂はプライベートでも仲を深めていたのだ。
 
 氷堂は再び携帯電話を取りだすと、イスマイルに電話を掛けた。すると3コール目でイスマイルは電話を取った。氷堂が簡潔に用件を伝えると、イスマイルは電話越しに言った。
 
「リツさん、お気持ちは良く分かります。ただ今回の件は少し複雑です。コンテナからは、トラのはく製に加えて、その骨を煮込んだスープも見つかっています。マレーシア政府はマレートラの密輸に非常にセンシティブになっていますので、少し時間がかかるでしょう。そして警察の調べによれば、今回の仕向地は中国だったようです。そう言えば、過去には日本にもマレートラが密輸されたことがあったんですよ。ご存じでしたか?」
 
 「日本」という名称を聞き、氷堂は冷や汗が出た。そもそもマレートラはなぜここまで個体数が減ってしまったのだろうか?またなぜ密猟の標的になるのだろうか?そして日本が過去にどのように関与していたというのだろうか?それを知りたいと思った氷堂は、電話を切ると急いで港湾当局へと車を走らせた。しかしその後に氷堂が知ることになったのは、絶滅の危機に瀕する動物たちの窮状と、強欲にまみれた人間の性(さが)だった。
  

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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