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「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」 第6回 日本の最低賃金は高いのか?低いのか?

 現在日本ではワーキングプアが社会問題となっています。十分な給与を稼ぐことが出来ず、長年働いても昇給もしないため、将来設計すら立てられない人たちが年々増加していると言われています。私自身、2000年代には約10年にわたりワーキングプアを経験しましたので、この問題については他人事とは思えません。このワーキングプア問題の深刻化が、日本の少子化にも大きな影響を与えていると言われています。

 この問題を解決するために、現在政府が推し進めている政策の一つが最低賃金の引き上げです。2021年7月、厚生労働省の審議会は最低賃金について、全国平均で現在の時給902円から930円へと28円の引き上げを行う指針を示しました。政府はこの最低賃金の引き上げを多年にわたり推進してきました。この政策を一つの要として、政府はワーキングプアの問題の解決を図ろうとしています。

 この点で「最低賃金の引き上げは良い事だ」と考える人は少なくありません。実際ワーキングプアの状態にある人たちは最低賃金の水準で働いている人も多く、彼らにとっては最低賃金の引き上げが生活の質の向上に直結します。私自身もワーキングプアの時代は正に最低賃金レベルの給与であった為、当時であれば引き上げを大いに歓迎したに違いありません。

 一方で、「最低賃金の引き上げは慎重に行うべき」という声も少なくありません。特に今回の引き上げに関しては、中小企業の経営者から異論が噴出しており、特に製造業などの業界からはその声が強い様です。彼らにとってみれば、最低賃金の引き上げは収支に直結する重要な問題であるため、それにより利益が圧迫されれば、企業経営を続ける事が出来なくなってしまうと考えているのです。そしてその結果、失業者が増加する事を彼らは懸念しています。

 では一体何が正解なのでしょうか?この点は経営者、従業員、政府、三者三様で立場や求めているものが異なるため、一概に「これが正しい」という答えを出す事はできません。しかし一つ言える事があります。それは「統計は雄弁である」という事です。日本の最低賃金に関する過去の統計を調べるならば、現在の日本社会が抱える問題点がより鮮明になります。

 加えてこういった問題は日本の統計だけを見ても余り意味がなく、世界の現状を知る必要があります。なぜなら21世紀に入りグローバル経済が発達したお陰で、世界中でモノや人の動きが更に活発化しました。言い換えるならば、他の国々の動向が日本の経済により大きな影響を及ぼす様になっています。そしてそれは最低賃金に関しても同じ事が言えます。なぜなら海外から日本へ働きに来ている外国人は年々増えていますし、日本から海外へ働きに出かけている日本人も増えています。こういった言わば「外国人労働者」の動向も、各国の最低賃金に大きな影響を与えています。

 この点で私は、海外の港湾で会社を経営しており、取引先の国も多岐にわたります。港湾労働者は多くの国において、いわゆる「低賃金労働者」です。例えばマレーシアのポートクランでは約18,000人もの労働者がいるのですが、その9割以上はバングラデシュやパキスタンからの外国人労働者です。ただ一昔前までは彼らを最低賃金で雇用できていましたが、近年は人件費の高騰が続いており、それよりも高い水準でないと採用できません。加えて私は自分の会社において、彼らの話に耳を傾け、生活ぶりを目にする事ができる立場にいます。それで統計上の情報に加え、こういった「生の情報」を持っているという点で、この最低賃金という問題を俯瞰するのに優位な立場にいます。

 それで今日のコラムは、「日本の最低賃金は高いのか?低いのか?」というテーマで書き進めていきます。まず厚生労働省や国税庁の統計を基に、日本の最低賃金や平均年収の推移を調べ、これにより現在の日本が抱える問題点を再確認していきたいと思います。加えてOECDの統計などを基に、世界における日本の立ち位置も明らかにしていきたいと思います。これにより、「世界から見た日本の労働環境の特異性」を浮き彫りにしていく事ができるでしょう。更に私が海外での会社経営を通して、実際に目にしてきた「現場の様子」や、労働者から聞いた「生の声」を通して、「最低賃金とは一体何なのか?」という考察を書いて行きたいと思います。長文ですが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。

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香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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