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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第83話 ダイヤモンド・プリンセス号が残したもの

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/nf8cfb95922f0
 
 この話は2020年5月に遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日、テレビに釘付けになっていた。2019年末に中国・武漢で始まった新型コロナウイルスによるパンデミックは、マレーシアにも深く暗い影を落としていた。2020年3月にはロックダウンが発表され、エッセンシャルワーカー以外のビジネスは全て停止が命じられた。そして厳しい外出制限が課され、街には警察に加えて軍隊が住民の行動を監視した。当時は2人で道路を歩いただけで、逮捕される可能性があった。
 

 
 何よりこのパンデミックは、海運業界に深刻な影響を及ぼしていた。特に豪華客船ダイヤモンド・プリンセス号で発生した集団クラスターは、日本だけでなく、世界中にコロナウイルスの脅威を知らしめた。その煽りを最も受けたのが、他でもない海運業界だった。
 
 2020年1月20日、横浜港を出港したダイヤモンド・プリンセス号は、鹿児島・香港・ベトナム・台湾・沖縄に立ち寄った後、同じく横浜に帰港する予定だった。しかしながら、2月1日、香港で下船した乗客の一人が新型コロナウイルス陽性であることが確認された。そのため2月3日、ダイヤモンド・プリンセス号は横浜へと戻ってきたが、日本政府は乗員乗客の下船を許可せず、船内にとどまることを命じた。この時点で船には乗客2666人、乗員1045人、合計3711人が乗船しており、こうして世界最大の「集団隔離」が行われることになった。そして残念なことに712人が感染し、最終的には13人が死亡するという大きな悲劇に至った。
 

 
 ところでマレーシアのポートクランでは、厳しいロックダウンの中でも、ソーシャルディスタンスを保ちながら、業務が継続されていた。マレーシア政府が港湾事業者をエッセンシャルワーカーに指定したためだ。しかし貨物は滞り、貸したコンテナは返却されず、氷堂の会社のビジネスも困難を極めていた。そんな中、テレビでニュースが流れた。
 
 
『5月16日午後2時ころ、横浜港で3か月にわたり停泊を続けていたダイヤモンド・プリンセス号が、ついに出港しました。関係者によりますと、次の寄港先はマレーシアのポートクランということです。新しい情報が入り次第、お伝えします』。
 
 
 何ということだ。ただでさえポートクランは、ロックダウンの影響で大打撃を受けている。そこに渦中のダイヤモンド・プリンセス号が入港すれば、致命的な風評被害も受けかねない。一体港湾当局は何を考えているのか。氷堂の頭から疑問が消えなかった。
 
 その時、1人の顔が思い浮かんだ。港湾当局の副長官であるイスマイルだ。イスマイルはポートクラン港湾当局のナンバー2にあたる高位の人物で、本来であれば氷堂のような下々の事業者では接点を持てない。しかしながら、彼は大の日本好きということもあり、日ごろから氷堂の事を可愛がっていて、二人は公私共に関係を深めていた。その前年には予定を合わせて、日本旅行へ一緒に出かけたこともある。そんなイスマイルなら、ダイヤモンド・プリンセス号を受け入れるに至った事情を知っているかもしれない。そう考えた氷堂は、港湾当局に向けて車を走らせた。しかしその後に氷堂が知ることになったのは、港湾当局が苦渋の決断を下した背景と、「必ずクルーズ旅行は復活する」という揺るぎない確信だった。
 

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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