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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第80話 国境を跨ぐ特殊詐欺の実態

前回の話はこちらから。
 
https://note.com/malaysiachansan/n/nda7eab811f28
 
 この話は2023年11月に遡る。マレーシアのポートクランでコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日、クアラルンプール市内のKLCCと呼ばれるエリアにいた。ここは都心部に位置し、各国の大使館が軒を連ねるエリアでもある。そして日本大使館もこの一角にあり、氷堂がこの街に来たのも、大使館へ足を運ぶためだった。
 

 
 さて氷堂はビザの更新に必要な書類があり、日本大使館までやってきたのだが、渋滞が酷く、ポートクランからここまで2時間30分も要してしまった。入館手続きを済ませて敷地に足を踏み入れると、そこにはX線の手荷物検査機が横たわっていた。大使館はテロの標的になる可能性もあることから、セキュリティも厳しいようだ。鞄をコンベアに通し、携帯電話を警備員に預けると、氷堂は大使館の敷地へと進んだ。
 
 ただ手続き自体は非常にスムーズで、15分も経たずに申請を終えることができた。そして時計の針を見ると、すでに12時を回っていた。本来は午前中のうちにポートクランまで戻りたかったのだが、それはどうやら無理そうだ。小腹が空いた氷堂は、大使館の近所にあるマレー料理屋に足を踏み入れた。メニューを眺めて注文を考えていると、テーブルの上に前の客が読んだものと思われる新聞が残されていた。もしかしたら前の客ではなく、前の前の客が残したものかもしれない。読み終えた新聞を共有する文化は、世界中どこにでもあるようだ。
 
 その時、一つの記事に氷堂の目が留まった。そこにはこう書かれていた。
 
 
『日本人男性が電話詐欺で逮捕。警察は月曜日、クアラルンプール郊外のアンパン・ジャヤで、電話詐欺に関与した疑いで日本人7名を逮捕した。逮捕された日本人は23歳から41歳までで、彼らは組織的な詐欺シンジケートの一員と考えられている。現在事件の全容解明に向けて、警察により取り調べが進められている』。
 

 
 氷堂は眉をひそめた。これがいわゆる「振り込め詐欺」事件であることは、日本人であれば容易に予想がついた。しかも事件の舞台となったのは、このすぐ近くのアンパン・ジャヤの街だ。ただ思えばこういった特殊詐欺事件というものは、暴力団や半グレのシノギになっていたはずだ。そして当初は犯行グループの拠点も日本国内に限定されていたが、最近はフィリピンやカンボジアに移り始めていた。ただそれがマレーシアまで及んでいることは驚きだった。
 
 と同時に、少し疑問に思えたことがあった。こういった特殊詐欺のような犯罪には、必ず裏社会が関係している。この点でマレーシアの裏社会を取り仕切っているのは、主にインド系住民のマフィアであると言われている。何より氷堂自身も、裏社会の実態を垣間見てきた。ポートクランは東南アジア最大の密輸のハブ港となっており、マフィアの抗争に巻き込まれた者たちであろう土左衛門が、毎日のように海に浮かび上がっている。果たして今回逮捕された日本人の詐欺グループも、マレーシアのマフィアに話を付けていたのだろうか。こういったことを考えると、俄然興味が沸いて来た。
 
 そして氷堂は考えた。「カイルディンなら何か分かるかもしれない」と。カイルディンは氷堂の会社のCOOで、2016年に氷堂が会社を立ち上げた際、地場の物流会社から破格の待遇で引き抜いてきた大物だ。カイルディンはポートクランで30年以上のキャリアを積んでおり、港の表も裏も知り尽くしていて、港湾を取り仕切るマフィアにも顔が利く。そんなカイルディンなら、今回の事件についても何か知っていることがあるかもしれない。そう考えた氷堂は、携帯電話を取り出し、カイルディンに電話をかけてみた。しかしその後に氷堂が知ることになったのは、国境を跨いだ特殊詐欺の実態と、そこに関わる犯罪者たちの終わりなき醜態だった。
  

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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