Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第57話 港が大渋滞に陥った時
前回の話はこちらから
https://note.com/malaysiachansan/n/n9c2875ab50c5
この話は2021年3月まで遡る。マレーシアのポートクランでコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日、車でオフィスへ向かっていた。そしていつものようにラジオのチャンネルをニュース番組に合わせた。マレーシアは車社会であり、自動車の保有率も1世帯当たり1台を超えている。そのこともあって、ラジオは国民の重要な情報源だ。最初にトップニュースとしてコロナの感染状況が流れてきたが、次に流れてきたニュースに氷堂は血の気が引いた。
「昨晩未明、スエズ運河において座礁事故が発生しました。日本の正栄汽船が保有し、台湾の長栄海運が運用するコンテナ船『エヴァーギヴン号』が座礁した模様です。これに伴って多くの船舶の通航が妨げられています」。
氷堂は焦った。氷堂の会社は東欧へのコンテナリースも扱っている。もしスエズ運河を通れずにコンテナの返却が遅れると、そのコンテナを次の荷主に貸すこともできず、大きな損失が生まれてしまう。それでオフィスに着くなり、世界中のウェブサイトやSNSから座礁事故に関する情報を集め漁った。ただどこを見ても情報は一緒で、事態は膠着しており解決の見込みは立っていない様子だった。それで氷堂は一旦推移を見守ることにした。
さて時間が経つに連れ、事故の全容が明らかになってきた。座礁の影響は広範な地域に及んでおり、翌日までには少なくとも15隻の船舶が立ち往生していた。また船が動く見通しも全く立っておらず、開通までには少なくとも1週間以上を要する、という見通しが報告されていた。「このまま行くと、会社の損害も大きくなるばかりだ」。そう考えた氷堂は、何か良い情報があればと願い、藁にもすがる思いで港湾当局の副長官であるイスマイル(仮名)の下に向かった。
イスマイルはノースポートの運営会社のNo.2であり、本来であれば氷堂のような零細企業の経営者が話す機会はまずない。しかしイスマイルは大の日本好きであり、そのこともあって日ごろから氷堂を可愛がっていた。実際過去には氷堂が帰国するタイミングと合わせて、一緒に日本旅行を楽しんだこともある。そんな間柄ということもあり、二人は運営会社と事業者という枠を超えて、固い絆で結ばれていた。
さて氷堂は執務室に入るなり、イスマイルに深々と挨拶をした。そして言った。
「イスマイルさん、今日はお時間を作ってくださり、本当にありがとうございます。スエズ運河の事故は解決の見通しが立っていません。もしこのまま通行止めが続くと、私たちの会社の損害も大きくなるばかりです。一日も早く開通して欲しいと願っています」。
氷堂は窮状を吐露した。するとイスマイルも答える。
「リツさん、お気持ちは良く分かります。現にリツさん以外にも、多くの事業者が困っています。ただですね…『開通したら全て解決』というほど、事態は単純でないんです。むしろ本当に大変なのは、開通した後のことだと予想しています」。
最初氷堂はイスマイルの言っている意味が良く理解できなかった。それで改めて尋ねてみた。
「なるほど…でも通行止めの間だけでなく、なぜ開通した後に更に大変になるのでしょうか?船舶の運航が再開されれば、それで問題は全て解決する気がするのですが…」。
するとイスマイルは大きなため息をついた。そして答えた。
「それは近視眼的な見方です。なぜなら私たちの港ポートクランは、スエズ運河を出た後の最初の大型港だからです。このまま行けば、渋滞で詰まっていた船が一気に押し寄せて、港は大渋滞を起こすでしょう。それがどれほどの影響になるのか、現段階では予想できません。何しろ前例がない訳ですから。いずれにしても焦らずに、腰を据えて見守りましょう」。
そう言うとイスマイルはニコッと笑った。その笑顔を見て、氷堂も余り先の事の心配をするのは止めた。ただその後に氷堂が目にしたのは、スエズ運河の開通に伴って生じた世界最大級の船の渋滞と、それが発端で生じた想像を大きく超えた世界的な物流の乱れだった。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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