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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第59話 国王が軽蔑される時

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/n49f8ab9610ed
 
 この話は2019年9月に遡る。マレーシアのポートクランでコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日、保税区の近くの公園にいた。この公園からはノースポートを一望でき、港湾労働者や家族連れの人たちが思い思いに時間を過ごしていた。
 

 
 さて氷堂の隣には、会社のCOOであるカイルディンがいた。カイルディンは50代の大柄なマレー系の男で、3年前に氷堂が会社を立ち上げるに当たり、大手の物流会社から破格の待遇でヘッドハンティングしてきた。立ち上げ以来、氷堂とカイルディンは事業を軌道に乗せるために二人三脚で奮闘してきた。正に戦友とも呼べる存在だ。二人は大きなプロジェクトが一段落し、一休みするためにこの公園を訪れていた。

 カイルディンは言った。
 
「リツ、ようやく今期も終わったな。ここまで俺たちは走り続けてきた。ところでリツはいつ帰国するんだ?この2年間、1度も帰国していないだろう」。
 
 それに対して氷堂も返す。
 
「うーん、確かにそうだね。毎月のようにシンガポールや中東には出張で出かけているのに、日本には帰国できなかった。そうだなぁ…年末に数日だけ帰国しようかな」。
 
 氷堂の言葉を聞いて、カイルディンの目尻にも皺が寄った。そして言った。
 
「リツの親父さんやお袋さんだって、結構なご年齢だろう。たまには親孝行をしてきた方が良いぞ。それに日本では新しい天皇が即位するらしいじゃないか。これは大変めでたいことだ。せっかくだから友人たちと一緒にお祝いしたら良いだろう」。
 
 平成天皇の退位および令和天皇の即位は、マレーシアでもニュースになっていた。それで氷堂も答えた。
 
「そうだね、確かに天皇陛下はみんなから尊敬されているし、新天皇の即位は国を挙げた大きなイベントだね。そう言えばマレーシアにも国王はいるよね。マレーシアの国王も、天皇陛下と同様に国民から尊敬されているでしょ?」
 
 氷堂はカイルディンに尋ねてみた。するとなぜかカイルディンの顔色が曇り出した。そして言った。
 
「いや、そうとも言えない。今の国王は人格者だが、前の国王は本当に最悪だった…」
 
 カイルディンは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。「自国民の象徴」とも言える存在を、なぜカイルディンはここまで悪く言うのだろう。そう考えていると、カイルディンは言葉を続けた。
 
 「あぁ、リツは前の国王の所業を知らないのか。あれは本当に酷かった。あいつは公務をほったらかして、ロシア人の若い女に熱を上げていた。しかもそれが原因で、自らの職務を放棄した。あいつこそ真の売国奴だ」。
 
 カイルディンは売国奴という言葉のところで、「Traitor」という単語を用いた。このTraitorには「裏切り者」とか「反逆者」という意味合いがあり、スパイ映画などでは頻繁に耳にするものの、日常会話で使われることは余りない。カイルディン自身は非常に英語が流ちょうだが、彼が敢えてこの「Traitor」という言葉を用いたことからも、前国王に対する軽蔑の気持ちを垣間見ることができた。
 
 しかし一国の国王が職務を放棄して外国人の女性に熱を上げることなど、日本では考えられないことだ。なぜそんな事態になったのだろうか。興味が湧いてきた氷堂は、さらにカイルディンに尋ねてみることにした。しかしその後に氷堂が知ることになったのは、過去に国王や君主が起こした数々のスキャンダルと、それに対する国民の大きな憤りだった。
  

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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