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「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」 第71回 老後2000万円問題は解決するのか?

 2019年6月、金融庁の金融審議会市場ワーキング・グループは、「高齢社会における資産形成・管理」という報告書を発表しました。この中で、仮に夫65歳・妻60歳の夫婦が30年間健康に生きた場合、毎月約5万5000円の赤字となり、合計で2000万円の不足が出るという試算が出されました。これがいわゆる「老後2000万円問題」です。この報告書は当初から物議を醸し、政府に対する批判も生じました。
 
 あれから4年余りが経過しました。しかし2019年の当時には見られなかったあるものが、2024年の今には顕著に見られます。それはインフレです。2022年以降、2~4%の定常的なインフレが見られるようになり、足元の物価は着実に上昇しています。この傾向が続けば、老後資金も2000万円どころか3000万円、もしくはそれ以上必要になる可能性があります。それ故に老後資金の問題は、当時よりもさらに深刻化していると言えるのかもしれません。
 
 ただ一方でもっと楽観的な見方を持つ人たちもいます。実際に現在でも2000万円の貯蓄がない老齢家庭は多く見られますが、それでもホームレスになって餓死したという話は聞きません。また高齢者になると大きな支出は医療と介護くらいに限られますが、共に上限額が定められている為、健康レベルに応じた医療や介護で満足すれば、出費も抑える事ができます。これも一つの見方です。
 
 ではどうすれば実態を理解できますか?この点で統計は有用です。日本の統計を調べれば、世代別の金融資産の保有状況や、年金の支払い状況について理解できます。これは過去の日本経済の歩みを明らかにすると同時に、現在の日本が抱える構造的な問題も浮き彫りにしてくれるかもしれません。それゆえに統計を調べる事は肝要です。
 
 一方で日本の統計だけでは不十分です。海外の統計も調べる必要があります。例えば世界には、北欧のような社会保障の厚い国が存在します。こういった国々では、過度に老後の心配をする必要がないため、高齢者は大きな貯蓄をしない傾向にあります。ただその分、現役世代の税負担は重くなり、また高齢者の医療アクセスも限定的になります。逆に新興国などは社会保障が非常に薄いですが、それでも高齢者の貯蓄が多い訳ではありません。これは老齢になると子供が親を引き取り、経済的な世話をすることが一般的な価値観として受け入れられているからです。このように社会保障というものは、それぞれの国の習慣や価値観に応じた制度が構築されています。それゆえにこれらを考察することで、世界の中で日本の置かれた立ち位置を一層理解できるようになると共に、日本の制度の長所と短所もより鮮明に見えてきます。ですから海外の統計も大切と言えます。
 
 一方で統計からは見えて来ない分野もあります。それは当事者たちの「生の声」です。当然ながら、高齢者には高齢者の苦悩があります。逆に現役世代には現役世代の葛藤もあります。特に日本の年金制度は賦課方式なので、現役世代の負担が高齢世代の支給を支えており、その結果、社会保険料の増加も止まりません。このような双方の意見というものは、統計からは見えて来ず、当事者たちの話に耳を傾けて初めて理解できるものです。それゆえに「生の声」も重要なのです。
 
 この点で私にも70代の両親がおり、言わば終活に入っています。二人は数年前に田舎の一軒家を手放し、交通の便が良い地域の狭いマンションに引っ越しました。これによりQOLは大きく向上したと感じますし、老後資金の先行きも見通しが立てやすくなりました。また私自身はマレーシアにいますが、この国にも年金制度は存在します。ただ日本と大きく異なる点があります。それは日本とは違い、「個人積み立て方式」であるという点で、自分で掛けた分が運用されて後から自分に返ってきます。この方式ですと、賦課方式と比較して保障は薄いですが、人口動態により受給額が変化しない為、持続可能なシステムとも言えます。このように私は国内でも国外でも「生の声」に耳を傾けてきましたので、この老後資金の問題について語る上で有利な立場にいます。
 
 それで今日は「老後2000万円問題は解決するのか?」というテーマでコラムを書きます。最初に日本の統計を通して、これまで日本の人口動態や社会保障がどのように推移してきたのかを振り返ります。次に海外の統計を通して、世界における日本の社会保障制度の立ち位置を確認します。最後に私自身の海外における会社経営の経験も踏まえながら、老後2000万円問題への現実的な対応策を提言したいと思います。特に個人で資産運用に取り組んでおられる方には、是非お読みいただきたい内容です。長文になりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
 

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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