「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」 第63回 日本で金銭解雇は広まるのか?
「金銭解雇」。少しショッキングな響きですが、これは雇用主が労働者に一定の計算式の下に金銭を支払って、雇用契約を解消することを意味します。今までも外資を中心に金銭解雇は行われてきましたが、2022年6月より、これを法制化しようという議論が厚生労働省の労働政策審議会によって進められています。日本人の多くは「解雇」という言葉にアレルギー反応を示すものですが、マッチングの悪い企業に勤めることは、経営者だけでなく、労働者にとっても不幸なことです。
それゆえに日本においても、金銭解雇の法制化の議論を進めることは労使ともに有用な事と言えます。ところがそれから1年以上経過した今も、労働政策審議会の中で具体的な進展は見られません。議論が停滞している要因はいくつかありますが、その大きなものの一つに、労働者側から強い反対意見が出ていることを挙げられます。
確かにOECDの統計などを見る限り、日本よりも解雇規制が厳しい国は存在します。しかし日本の問題は「判例」です。日本では70年代から80年代にかけて整理解雇に関する無数の労働裁判が起こされましたが、そのほとんどで労働者側が勝訴しています。日本の裁判は基本的に判例を踏襲するため、今でも解雇された際に労働者が裁判を起こすと、かなりの確率で雇用主側は敗訴してしまいます。言うまでもなく、解雇された全員が裁判を起こす訳ではありません。とはいえ近年は金融機関も不当解雇を行うような企業に対しては融資の際に厳しい目を注ぐようになっているため、ホワイト企業であればあるほど、簡単には解雇に踏み切れないという状況が見られます。一方でもしこの状況で金銭解雇が法制化されてしまうと、労働者側が持っている権利は今よりも弱くなるのは確実です。それ故に反対意見が出ているようです。
では今後の日本において、金銭解雇が広まる日は来るのでしょうか。この点で統計は重要です。統計を調べれば、これまでの日本における解雇件数がどのように推移してきたのか、またそれに対してどれほどの金銭補償がなされてきたのかを理解できます。それはこれまでの日本の労働政策の歩みと共に、現在の日本が抱える構造上の問題点も浮き彫りにしてくれるかもしれません。
しかし日本の統計だけでは不十分です。海外の統計にも注目する必要があります。なぜなら欧米諸国のみならず、ASEANなどの新興国においても、金銭解雇はかなり一般的に行われているからです。こういった国々で金銭解雇が行われる際、給料の何か月分が相場になっているのでしょうか。またそれは失業率や経済成長にどのような影響を及ぼしていますか。こういった情報について調べるならば、日本の雇用環境の特異性をさらに理解できます。それゆえに海外の統計も重要なのです。
一方で統計からは見えて来ない分野があります。それは金銭解雇に関わる人たちの「生の声」です。当然のことながら、解雇を経験した人は新たな職を探さなければならず、それは決して楽な経験ではありません。一方で解雇を通達する雇用主も、様々な経営判断の中で解雇という決定に至ります。こう考えると確かに解雇の裏側には労使ともに様々な辛苦があり、こういったものを統計から見るのは困難です。ですから「生の声」に耳を傾けることも重要と言えます。
この点で私は30代前半で香港の外資系企業に就職しましたが、そこはいわゆるバリバリの外資系の職場でしたので、金銭解雇される人をかなりの数見てきました。また今ではマレーシアで会社を経営していますが、逆に労働者に対して金銭解雇を行う立場に立っています。私はこういった実情を労使双方の立場で目の当たりにしてきましたので、「生の声」に耳を傾けるという点で、確かに有利な立場にいます。
それで今日は「日本で金銭解雇は広まるのか?」というテーマでコラムを書きます。最初に日本の統計を通して、これまでの日本における整理解雇の傾向を俯瞰します。次に海外の統計を通して、諸外国における金銭解雇の実態に迫ります。最後に私自身の海外における会社経営の経験も踏まえながら、日本における雇用政策の問題点を指摘するとともに、今後の進むべき方向性について提言を行いたいと思います。特に将来的に転職を考えている方には、是非ご覧いただきたい内容です。長文になりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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