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「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」 第22回 日本人は働き過ぎなのか?

 「24時間働けますか」「5時から男」。ある程度の年齢の方ならご存じの文句かと思いますが、前者はリゲインのCMで、後者はグロンサンのCMです。ともにバブル期に流されたCMでしたが、私は当時子供ながらにそれらのCMを見て、「大人たちは長い時間働いているんだなぁ」と想像したものです。確かにこれまで長時間労働は、日本人の働き方の特色の一つとなってきましたし、それが美徳とすら考えられてきました。

 しかし時が流れて2000年代になると、そういった常軌を逸した長時間労働は美徳どころか害悪とみなされるになりました。この問題の背景には、日本全国で過労死が頻発した事も関係あります。その後こういった問題を改善するために、「働き方改革」が謳われる様になりました。そして遂に2018年7月には、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」が制定されました。それまでの働き方改革は企業の自助努力に任されている部分が大きかった訳ですが、法制化された事により、各企業が負うべき責任とみなされるようになったのです。

 更に2020年に入り新型コロナウイルスの影響が顕在化し始めると、企業はこぞってテレワークを導入しました。これにより多くのオフィスワーカーが通勤から解放され、物理的な労働時間の短縮傾向も更に進みました。こういった変化により、働き方改革は確かに進んでいるように見えます。

 しかし立ち止まって考えてみて下さい。本当に就業者の労働時間は減っているのでしょうか?例えば減ったとするならば、どの程度減ったのでしょうか?その減少度合いは十分なのでしょうか?どこまで減らせば良いのでしょうか?こういった点を論理的に説明できる人は余りいません。なぜなら多くの人は、自分の身の回りの出来事しか知らないからです。自分の身の回りの人たちの労働時間が減っているなら、日本全国でも減少傾向にあると考えてしまうものですし、逆に身の回りの人たちの労働時間が減っていないなら、日本全体の労働時間も大して変化が無いと考えてしまいます。これは自然な事です。人間とはそういう生き物だからです。

 ではどうすれば実態を知る事ができますか?この点で統計は雄弁です。統計を調べれば、日本の労働時間の減少傾向について正しい理解に至る事ができます。加えてそれらを精査すれば、日本が抱える現在の労働環境に関する課題についても洞察を得る事が出来るかもしれません。

 しかし一方で日本の統計だけを見ても余り意味がありません。世界の統計を見る必要があります。なぜなら労働時間を減少させるという潮流は、日本だけでなく世界全体のトレンドだからです。日本がどれだけ労働時間を減らしても、世界のそれと比較して十分でないなら、やはりこの点で日本は改善の余地があると言えるかもしれません。ですから世界の統計を精査する事も大切なのです。

 とはいえ統計だけでは見えて来ない分野があります。それは「実際の現場」です。例えば外資系企業は日本企業と比較して、労働時間が短く、定時になると多くの人が退勤すると考えられています。これは概ね事実ですが、それはあくまで標準的な職位の場合です。例えば上級管理職になると、日本企業以上に長時間働く人たちが大勢います。更に役員になれば一層過酷です。彼らは売上や利益ついて株主から厳しい要求を受けます。その要求を満たせば報酬も大きくなりますが、満たせなければ会社を去るのみです。このような環境下で働く役員たちは、死に物狂いで仕事をします。結果的に労働時間も、日本企業の役員とは比べ物にならないほど長くなる事も少なくありません。まさに彼らの多くは、リゲインのCMの様に24時間働いている状態です。こういった実際の現場がどうなっているかという点は、統計には現れないものなので、それを経験した事がある人にしか分からないでしょう。

 この点で私は10代後半でブラック企業に就職し、長時間労働なのに超薄給というワーキングプアを約10年にわたり経験しました。その後は縁あって香港の外資系企業に勤めることになるのですが、期待していたのとは裏腹に、朝8時から夜10時ころまで、文字通り朝から晩まで毎日を働く生活を送るようになりました。加えて現在は海外で会社を経営しており、逆に経営者の立場で従業員の労務管理を行っています。ですから「実際の現場を経験している」という点で、私は確かに有利な立場にいます。

 それで今日は「日本人は働き過ぎなのか?」というテーマでコラムを書きます。最初に日本の統計を調べる事で、これまでの日本の労働時間がどのように推移してきたのかを振り返ります。次に海外の統計を通して、日本の労働時間が海外のそれと比較して長いのか短いのかを考えます。更に私が海外で会社を経営してきた経験も含めながら、今の日本社会が抱える労働時間の課題について考察を深めていきます。長文になりますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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