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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第17話 密入国ビジネスの闇

前回の話はこちらから

https://note.com/malaysiachansan/n/nd8826bdcd9d1?magazine_key=m0838b2998048

 この話は2019年の年末にまで遡る。マレーシアのポートクランでコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、日本を離れて早いもので約10年が経過していた。その間も同郷の友人達とはメールやSNSで連絡を取り合っていたのだが、幼馴染の一人である武司が結婚する事になった。氷堂は結婚式に参加したいと考えていたのだが、残念ながら海外出張の時期と重なってしまい、出席が叶わなかった。しかし武司は新婚旅行で東南アジア各国を回るというプランを立てており、その旅程の中にマレーシアが含められる事になった。

 武司たちの旅程は全部で約3週間だった。最初彼らはベトナムに入国し、次にタイに入り、その後空路でクアラルンプールに入った。ここで氷堂は武司たちと落ち合って3日を共に過ごした。一方でマレーシアを出国する際は、空路ではなく海路での出国を計画していた。実は余り知られていないが、ポートクランからインドネシアのスマトラ島に向けて高速フェリーが出ており、これを利用すればインドネシアのドゥマイという街へ移動する事ができる。ドゥマイまでの所要時間は僅か約4時間であり、その間にマラッカ海峡を横断する航路を楽しむことができるのだ。

第17話 フェリー乗り場

 氷堂と武司、そしてその妻である綾はポートクランのフェリー乗り場に着いた。氷堂が武司に話しかける。

「武司、クアラルンプールは楽しめたかな?本当は時間があればマラッカやペナンなんかにも連れて行ってあげたかったんだけど。」

 武司も答える。

「いやあ、本当に楽しめたよ。久しぶりにリツと会って色々と話せたし、それにクアラルンプールは本当に面白い街だね。ツインタワーのような大都会もあれば、少し郊外に行っただけで野生の動物も沢山いる。モスクを見る事がもできたし、大満足だよ。」

 武司はそう言うと、隣にいる綾の顔を見た。彼女も満足そうな表情で頷いていた。氷堂もその様子を見て嬉しく感じた。さてここから先の予定だが、氷堂は武司と綾と一緒にインドネシアへと渡る事になっていた。その後、氷堂は再びポートクランに船で戻り、武司と綾はインドネシア旅行を続ける予定だ。氷堂は武司に話した。

「でも本当にありがとうね。こっちこそ楽しい時間を過ごす事ができたよ。じゃあ船も来たみたいだし、そろそろ行こうか。」

 このポートクランのフェリー乗り場は最初にチケットを購入するのだが、片道料金はRM110(約3000円)となっている。この様に確かに割安なのだが、最近は航空業界もLCCの参入によりチケット価格の崩壊が起きており、例えば同じくマレーシアからインドネシアへの移動も5000円程度しかかからない事も多い。そして空路での移動なら1時間程度しかかからない為、近年はこのフェリーの利用者も激減していた。実際20年ほど前には1日に2往復もしていた様だが、現在では週3回までその頻度が落ちている。

 チケットを購入した3人は、次にイミグレの窓口で出国手続きを行い、その後に手荷物検査を受けた。日本人の殆どは海路で国境を越えた経験が無いと思われるが、そのシステム自体は基本的には飛行機で出国する時と同じだ。そして手荷物検査を終えると、そこには待合室が広がっていた。

第17話 待合室

 閑散期だけあって、待合室にいる人の数は多く無かった。そして遂に船は到着し、氷堂たちは一番に船に乗り込んだ。

 20分ほどして船は出港したのだが、その時、氷堂は違和感を覚えた。待合室には氷堂たちも含めて28人の客がいたのに、実際に船に乗り込んだのは23人しかいなかったからだ。なぜ氷堂が事細かに人数を覚えていたかというと、彼の普段の仕事の経験から来るものに他ならない。氷堂の会社は港湾荷役作業員を派遣で依頼しており、その現場に来る人数は一定ではない。例えば30人来る日もあれば、別の日には20人しか来ない。そして基本的にはいつも異なる顔ぶれの人が来るため、人数をきちんと把握していないと、現場に何人いるのかを理解する事ができず、適切な指示を与える事ができない。そのため氷堂は全体を俯瞰して、実際にそこに何人の人がいるのかを瞬時に把握する能力を身に着けていた。もとよりこれは氷堂だけでなく、港湾の現場で監督を行う者であれば、誰もが求められる能力だ。

「待合室にいた人数と、船に乗った人数が違う」

 氷堂はこれを非常に疑問に感じた。しかしそれが違うからと言って、今後の旅程に何か問題が生じる訳ではない。それで氷堂はこの件を忘れる事にした。そして3人はデッキに出ると、青く光るマラッカ海峡を背景に記念撮影を行った。

第17話 デッキからの風景

 しかしその約1年後、氷堂の覚えた違和感が間違っていなかった事が明らかになる。何と、このポートクランのフェリー乗り場を舞台に、大規模な密入国ビジネスが展開されている事が明らかになったのだ。

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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