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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第4話 コンテナリースの参入障壁

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/nb5a1b7e44d59?magazine_key=m0838b2998048

海辺の公園

 氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は美しいマラッカ海峡を見ながら深呼吸をした。張り詰めていた空気から解放された氷堂は、ようやく正気を取り戻した気分になった。そしてスマホのカレンダーに目を向けると、午後の予定を思い出した。この日は遅めの昼食を取りながら、新規のクライアントと商談をする事になっていたのだ。

 氷堂は会社に電話を入れると、経理のアイリーンが電話に出た。氷堂はアイリーンにこれから会社に戻る事、更に14時から商談が入っているので、それに同席して欲しい旨を伝えた。そして電話を切ると、氷堂は車で15分ほどの場所にある会社に向かった。


 午後1時過ぎ、氷堂が会社に戻ると、既にアイリーンは出かける準備を整えていた。アイリーンは20代後半の中華系の女性で、本名は「愛玲」というらしい。マレーシアにはマレー系、中華系、インド系の住民がいるが、彼女は中華系のため、その母語は中国語だ。しかし同じ中国語でも様々な方言があるらしく、彼女の祖先は遠い昔に福建省から移住してきたため、福建語という独特の訛りがある中国語を話すようだ。だが氷堂は中国語が全く理解できないので、各方言の差異は正直なところ良く分からない。ただアイリーンは中国語を話している時の方が、良く言えば生き生きとしており、悪く言えば気が強くなる傾向がある事を氷堂は気付いていた。人は話す言語によって人格が変化するというのを、目の前にいるアイリーンを通して氷堂はいつも感じていた。

 そのアイリーンだが、今日は一見すれば下着とも思える様なノースリーブに、ショートパンツという余りにもカジュアルな服装をしていた。マレーシアの中華系の若い女性の多くは、アイリーンの様に露出の高い服装を好んで身にまとっている。一方同じマレーシアでも、マレー系の女性はいつも長袖を着て、頭を覆うヒジャブを身に着けている。同じ国の中にこれだけ対照的な服装の女性が共存しているというのも、他の国にはない特徴かもしれない。それでも彼女たちはお互いの文化に敬意を払いながら、少なくとも表面上は滞りなく共に仕事をしている。これこそが多民族国家ならではの光景だ。

 今回氷堂がアイリーンを商談に同席させる事にしたのは、今日の商談相手が中華系の人物であったからに他ならない。もし商談相手が込み入った質問をした場合には、彼女が中国語で詳細を説明できると氷堂は考えたからだ。ただアイリーンは気が強く、男子顔負けのバイタリティーがある為、個人的に氷堂は彼女の事が苦手だった。勿論アイリーンは氷堂をボスとして敬ってはいるが、氷堂自身、気の強い女性が苦手なのだ。それで氷堂は「今日は商談だ、仕方ない」と自分に言い聞かせて、アイリーンを助手席に乗せ、車のエンジンをかけた。

 実は今日の商談は直接先方から申し込みが来た訳ではなく、氷堂の会社の親会社である香港のフェータイル社からの打診だった。どうやら商談相手はコンテナリースのファンドへの投資を検討している様で、その仕組みやメリット、更にリスクについて説明するのが、今日の商談の目的だ。本来投資家との商談はフェータイル社の営業部門が行うが、現在はコロナ禍のために香港からマレーシアへの渡航ができない。それで氷堂が代わりに商談を行う事になったのだ。氷堂は元々フェータイル社で営業部門にもいた為、投資家との商談は慣れたものだった。

 フェータイル社からの情報によると、その商談相手はコンテナリースのファンドにRM1,000万(約2億6000万円)を投資したいと考えているらしい。2億円を超える投資金額というと、日本の金融投資の世界ではかなりの高額になるかもしれない。しかしコンテナリースの世界では決して大型の投資とはいえない。中規模程度の投資額だ。そもそもコンテナリースのファンドに関しては、1千万円以上からしか投資を受け付けていない。彼らの様な超富裕層によって、コンテナは金融商品化され、今日も世界中に流通しているのだ。

 そして先方は今日の商談の場所として、Teluk Pulai肉骨茶(バクテー)というレストランを指定してきた。

肉骨茶外観

 氷堂たちが車を降りると、既に先方の男性は店に到着していた様で、半テラス席となっている店内から、大きく手を振って氷堂とアイリーンを呼んでいた。遠めに見たところ、身長は160cmほどしかなく、年齢は60代後半の男性で、貧相なポロシャツとダブダブのズボンを履いていた。とてもこの外見からは、2億円以上の金融商品を投資する人物とは思えなかったが、氷堂たちが近づくと、彼は大きな声で「ネイホウ!」と声を掛けてきた。

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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