見出し画像

「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」 第82回 クールジャパンに成功の可能性は残されているのか?

 2024年6月、日本政府の知的財産戦略本部は「クールジャパン戦略」の原案をまとめました。この中では、アニメやゲームなどのコンテンツ産業を基幹産業と位置付け、それを積極的に海外展開していく方針が明記されました。一方で農林水産物の輸出に関しては、米中対立が強まる中で、中国への依存度を引き下げることが提言されています。
 
 確かに振り返ってみれば、これまでもクールジャパンは苦難の連続でした。2013年、経産省は官民ファンドとして、海外需要開拓支援機構(通称:クールジャパン機構)を設立しましたが、機構には海外展開を目指す企業に対してリスクマネーを供給する点で、大きな役割が期待されていました。しかし蓋を開けてみれば、既に累積赤字は300億円に達しており、撤退を余儀なくされたプロジェクトも少なくありません。
 
 ではクールジャパンには、成功の可能性は残されていないのでしょうか?この点で統計は有用です。統計を調べれば、過去のクールジャパン機構が実施した投資の中でも、成果を上げている分野とそうでない分野が明らかになります。それはこれまでの問題点を明らかにすると共に、今後の進むべき方向性についてもヒントを与えてくれるかもしれません。
 
 ただ日本の統計だけを見ても余り意味がありません。海外の統計にも注目する必要があります。例えば韓国はエンタメ産業の海外展開に成功していることで知られていますが、そこには多大な政府資金が注入されています。同様に中国のゲーム産業も世界を席巻していますが、ゲーム開発会社に対しては、国営銀行から莫大な金額の融資が行われています。この点で日本もアニメを筆頭に、海外展開に成功を収めてきたコンテンツは存在します。ただその多くは民間の力であり、そこに政治や行政が大きな影響を与えてきた訳ではありません。それで各国の戦略の違いを比較考慮すれば、クールジャパンの長所と短所がより明らかになるに違いありません。ですから海外の統計も大切です。
 
 しかしながら、統計には現れない分野もあります。それは現場の「生の声」です。例えば今や日本のアニメコンテンツは世界中で見ることができ、日本を代表する産業と言っても過言ではありません。これ自体は誇るべき事ですが、アニメ業界は超薄給で、なおかつ労働時間も長いことが知られています。私たち日本人はこういった現場の疲弊を良く知っていますが、外国人でそれを知る人はほとんどいません。外国人の中には、日本のアニメ業界で働く人は、シリコンバレー並みの高給取りであると勘違いしている人も少なくないのです。そういう人たちにアニメ業界の実態を教えると、彼らは言葉を失ってしまいます。このような側面は統計から見えて来ず、現場の話を聞いて、初めて理解できるものです。それゆえに「生の声」に耳を傾けることは重要なのです。
 
 この点で私は香港とマレーシアで会社を経営していますが、共にクールジャパン機構の出資によるプロジェクトが複数進んでいます。ただ全体を俯瞰すると、成功とはかけ離れている案件も少なくなく、既に撤退したプロジェクトも存在します。一方で数こそ少ないですが、クールジャパン機構の投資の結果、事業が成長している事例もあり、明暗が大きく分かれている状況です。私はこういった海外の状況を目の当たりにしており、そこで働く人たちからも話を聞くことができていることから、「生の声」を聞くという点で、確かに有利な立場にいます。
 
 それで今日は「クールジャパンに成功の可能性は残されているのか?」というテーマでコラムを書きます。最初に統計を通して、クールジャパン機構による投資がこれまでどのように行われてきたのか、その推移を俯瞰します。次に諸外国で実施されたプロジェクトを精査することで、成功と失敗の分水嶺がどこにあったのかを考察します。最後に私自身の海外における会社経営の経験も踏まえながら、日本企業の海外展開の進むべき方向性について、私見と提言を述べたいと思います。貿易・海外投資といった国際経済や、アニメなどのコンテンツ産業に関心をお持ちの方には、特にご覧いただきたい内容です。長文になりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
 

ここから先は

6,546字 / 10画像
マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?