見出し画像

「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」 第36回 製造業の国内回帰は起きるのか?

 2022年9月、生活用品メーカーのアイリスオーヤマは、中国で生産している製品のうちの約50種類を国内工場に生産を移す事に決めました。輸送費や原材料価格の高騰が続く中、一部の生産を日本に移す事によって2割程度のコスト削減が見込まれるとの事です。
 
 このように日本でも製造業の国内回帰が見られるようになってきた訳ですが、その大きな要因の一つは他でもない記録的な円安です。一般的に言って、円安は輸出企業にプラスに働きます。そしてこれまでの日本経済を支えてきたのは正に製造業の輸出製品であるため、今の円安が製造業の、ひいては日本経済の復活に繋がると考える識者も少なくありません。
 
 しかし製造業の拠点というものは、為替や人件費だけで決定されるものではありません。例えば中国は世界の工場として知られていますが、その人件費は年々上昇しています。本来ならば東南アジアへ生産拠点を移管する企業が無数に出てきてもおかしくない訳ですが、実際にそうはなっていません。現に東南アジアに新たな工場を構えるメーカーはあるものの、それは中国の拠点を移管するという目的ではなく、新興国向けの新たな生産ラインを作るという目的である事が殆どです。言い換えるならば、中国の拠点は残したまま、「中国+1」という形で工場の新設が進められるケースが大半なのです。
 
 ではなぜ中国から東南アジアへの製造業の拠点の完全移管が進まないのでしょうか?それは為替や人件費以上に、サプライチェーンやインフラといった要素が製造拠点を決定する上で極めて重要だからです。東南アジア諸国はサプライチェーンやインフラが中国と比較すると余りにも脆弱です。平たく言えば世界の工場になる地盤がまだ整っていないのです。この状態では、中国からの完全移管が進まないのも納得できます。また中国には10数億人という市場が存在します。中国で製造し、中国で販売している商品に関しては、わざわざ第三国に拠点を移すメリットも存在しません。
 
 これは日本においても同様です。「製造業を国内回帰すべき」という声は、かれこれ10年以上前から存在しました。コロナ過でマスクが入手困難になりその声は更に大きくなりましたが、それでも実態として製造業の国内回帰はごく一部でしか進んでいません。これが現実なのです。
 
 では本当に製造業の国内回帰は起きるのでしょうか?どうすればそれを知る事ができますか?この点で統計は有用です。統計を調べれば、日本の製造業がこれまでどのように推移してきたか、正しい理解を得る事ができます。そして統計は現在の本当の姿を映し出すと共に、将来の課題も浮き彫りにしてくれるかもしれません。
 
 しかし日本の統計だけに注目しても余り意味がありません。世界の統計に注目する必要があります。特に近年の製造業は中国や東南アジアに加えて、南アジアに工場を置く企業も増えてきており、世界的な誘致合戦が繰り広げられています。仮に日本の製造拠点としての魅力が上がったとしても、それ以上の勢いで他国の魅力が上がっていくならば、日本の魅力は相対的に低下します。それゆえ世界の統計に注目する必要があるのです。
 
 その一方で統計だけは見えて来ないものもあります。それは「現場の声」です。現場の声に耳を傾ける事は重要です。例えば製造業というものは、国際物流と切っても切れない関係にあります。仮に工場を建設しても原料を輸入できなければ製品は作れませんし、製品を輸出できなければ売上は立ちません。特に近年国際物流の業界ではドラスティックな転換が生じており、国ごとによってかかる費用やスピードに大きな差が生じ始めています。こういった情報というものは統計ではなかなか現れて来ず、現場を見て初めて理解できるものです。ですから現場の声に耳を傾ける事は重要なのです。
 
 この点で弊社はコンテナリース会社であり、そのクライアントは中国やASEANは勿論の事、南アジアや中東にも及びます。そのため世界の貿易の潮流をいち早く察する事が出来ますし、港湾という貿易の現場の最前線をこの目で見る事もできています。故にこの「製造業の拠点移管」という問題を語る上でも、私は有利な立場に居ると言えます。
 
 それで今日は「製造業の国内回帰は起きるのか?」というテーマでコラムを書きます。最初に日本の統計を通して、日本の製造業がこれまでどのように進展してきたのかを振り返ります。次に世界の統計を通して、現在の世界の製造業のトレンドを考えます。最後に私自身の海外での会社経営の経験も含めながら、今後日本がこの製造業の拠点移管という問題にどう対峙していくべきかについて考察を述べたいと思います。長文になりますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。

ここから先は

6,034字 / 7画像
マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?