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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第38話 カーボンニュートラルの茶番

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/na6a906c51cc8
 
 この話は2022年6月まで遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を営む氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、いつものように港湾の保税区にいた。マレーシアではコロナ禍が収束し、街は賑わいを完全に取り戻していた。それまでの2年間、マレーシアは厳格なロックダウンを遂行した事もあり、経済は痛めつけられ、多くの飲食店や小売店が閉店に追い込まれた。しかし一度政府が制限を解除すると、あっという間に景気は回復した。例えば潰れてしまった空き店舗にも、すぐに新しいテナントが入っていった。この新陳代謝こそ、新興国の魅力そのものとも言えるかもしれない。
 
 しかしマレーシアに好景気をもたらしたのは、何もコロナ禍が落ち着いた事だけによるものではなかった。それには資源価格の高騰が関係していた。2月24日に始まったロシアとウクライナの戦争は、世界に資源価格の高騰をもたらした。これにより多くの西側諸国はインフレが加速したが、一方の資源国にとってはこの資源高が好況の源泉となった。この点でマレーシアは資源国であり、石油や天然ガスを諸外国へ輸出しているため、資源価格が上がれば上がるほど国営石油会社からの配当収入が増える。この大幅な歳入増加が、昨今のマレーシアの好景気を下支えしていた。
 
 さてこの日、氷堂はノースポートの港湾当局の副長官であるイスマイル氏(仮名)と定例の打ち合わせを計画していた。イスマイルは大の日本好きな事もあって氷堂をかわいがっており、何かにつけて氷堂の力になってくれていた。午後1時、立ち並ぶ無数のコンテナを横目に氷堂は港湾当局の会議室へと向かった。
 

 
 氷堂が会議室に着くと、イスマイルは満面の笑みでこう言った。
 
「いやぁリツさん、ご無沙汰しています。お元気でしたか?最近は我々の方も景気が良くて忙しいんですよ。これも資源高のおかげですね。特にこのノースポートはタンカーのハブ港になっていますから、寄港のスケジュールの調整で大忙しです。ただこの資源高もいつまで続くかは分かりませんので、儲けられる時に儲けないといけません。これも資源国の宿命ですね。」
 
 イスマイルの話を聞いて、氷堂も応える。
 
「それは何よりです。私達の方もようやく事業が平常に戻りました。長いコロナ過が明けて私もホッとしているところです。この資源高が続く限り、好況はしばらく続くでしょうね。これも欧州がカーボンニュートラルを推し進めた弊害でしょうね。」
 
 それに対してイスマイルも答える。
 
「本当にその通りです。欧州は脱炭素を急速に推進して、自分で自分の首を絞める結果になりました。まあ自業自得です。でもですね、いくら戦争が起きたからと言って、この流れ自体を止める事は不可能でしょう。これまでも世界のルールを作ってきたのは欧州です。今回の戦争で脱炭素の目標に多少の調整は加えられると思いますが、それでも全体の流れ自体は変わらないはずです。マレーシアもその流れには逆らえないでしょうね。」
 
 その話を聞いた氷堂は、疑問に思った事を尋ねてみた。
 
「でもマレーシアの様な資源国でカーボンニュートラルも現実的でないのではありませんか?例えばこの国ではレギュラーガソリンが1リットル60円で買えます。これは政府が補助金を投入しているからですが、その補助金の原資も原油の輸出から来ています。何より天然ガスも採れます。一方で再生可能エネルギーが幾らかかるかは知りませんが、火力発電の何倍ものコストになるのではないでしょうか?」
 
 イスマイルも答える。
 
「リツさん、その通りなんです。我々には潤沢な石油と天然ガスがありますから、本来なら再生可能エネルギーなどに投資する必要もありません。でもそれをする様に強制してくるのが欧州なんです。実はこのノースポートも太陽光発電の企業に投資をして、そこから電気を購入しているんですよ。」
 
 その言葉を聞いて氷堂は考えた。なぜ十分な資源があるにもかかわらず、わざわざ割高な太陽光発電を用いなければならないのか。そして欧州の圧力とはどの程度のものなのか。色々と思いを巡らせていると、イスマイルは言った。
 
「リツさん、この後に時間はありますか?もし宜しければ、その太陽光発電の現場を見に一緒に行きませんか?百聞は一見に如かずです。リツさんも実態を更に理解できるでしょう。」
 
 氷堂は「勿論です」と答えた。するとイスマイル「では行きましょう」と言って席を立ち、会議室を出た。しかしその後氷堂が現場で目にしたのは、欧州の傲慢とそれに対峙せざるを得ない資源国の葛藤だった。

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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