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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第64話 ライドシェア導入を阻む利権

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/n272b50592130
 
 この話は2016年3月まで遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この年の初めに香港からマレーシアにやってきた。この当時は会社の立ち上げに奔走しており、人生で最も忙しい日々を過ごしていた。さてそんなある日、氷堂はクアラルンプールのアポイント先へ向けて車を走らせていた。
 
 しかしこの日は大渋滞で車が一歩も動かなかった。クアラルンプールにおいて、渋滞は名物のようなもので、朝晩には激しい渋滞が毎日発生する。ただそれでも大抵は時速5kmくらいの速さでゆっくりと動くものなのだが、この日は20分経っても30分経っても、一向に動く気配がなかった。常に時間前行動を心がけている氷堂であったが、このままではとても約束の時間には間に合わない。それで携帯電話を手に取り、アポイント先に電話をすることにした。
 
 電話を掛けた相手はイシャンだった。イシャンは40代前半のインド系の男性で、クアラルンプール郊外のUSJという地域で物流会社を経営している。イシャンは非常に有能で、起業後わずか数年で年商10億円程度まで事業を拡大した。またイシャンは氷堂にとっても重要なクライアントであり、彼の会社と業務提携契約を結ぶ予定となっていた。そのイシャンだが、この日は彼自身の私用でクアラルンプール市内のホテルに滞在していた。それでちょうど予定が合ったため、二人でお茶でも飲もうと約束していたのだ。
 
 イシャンは3コール目で電話に出た。それで氷堂は開口一番に言った。
 
「申し訳ありません。渋滞が余りに酷くて、約束の時間に間に合わそうなんです」。
 
 するとイシャンも落ち着き払った声で答えた。
 
「リツさん、どうぞ心配なさらないでください。マレーシアで渋滞は良くあることです。ただ今日の渋滞は異常です。きっとあと数時間は動かないでしょう」。
 
 数時間も動かない渋滞とは、一体何があったのか。氷堂が電話口で思いを巡らしていると、イシャンは話を続けた。
 
「実は今、タクシードライバーたちのデモ行進が行われているんです。最近はマレーシアでもライドシェアが急速に普及しているじゃないですか。それに反対するデモなんですよ」。
 
 イシャンの言葉を聞いて、氷堂も妙に納得した。2016年当時、マレーシアではGrabやUberといったライドシェアアプリが急速に市場を席捲し、それによりタクシー業界は窮地に立たされていた。ただこれも仕方ないことだった。マレーシアのタクシーはサービスが非常に悪いことで知られており、価格も言い値で不明瞭なことが多く、その評判は地に落ちていた。そのような中でライドシェアが一気に普及した訳だが、今回のデモはそれに反対するタクシー事業主たちによるものだった。
 
 するとイシャンはさらに話を続けた。
 
「まぁ彼らの気持ちも良く分かります。ただですね、デモのやり方が非常に良くない。ちょうど今、市内の中心部にタクシーが200台くらい集まっているんですが、ドライバーたちが道路のド真ん中に自分の車を放置して、デモ活動をしています。だから大渋滞が起きているんですよ。今は警察と押し問答をやっているところです」。
 

 
「リツさん、こんな状況なんで、まだまだ動き出すまでには時間がかかるでしょう。それで残念ですが、今日お会いするのは諦めた方が良いかもしれません。どうぞお気を付けて運転をされてください」。
 
 そう言うとイシャンは電話を切った。氷堂は考えた。確かにライドシェアの配車アプリは極めて便利で、それが普及して以降、タクシーを利用する機会は激減していた。しかし道路を封鎖してまでデモを実施するとは、彼らが守りたい利権とは一体どんなものなのだろう?幸いイシャンは仕事柄、マレーシアの交通業界を熟知している。それで氷堂は遅刻を承知で、イシャンの滞在するホテルへ向かうことにした。イシャンなら何か知っていると思ったからだ。しかしその後に氷堂が直面したのは、既得権を守ろうとするものと、それを壊して改革しようとするものの、激しいせめぎ合いの現実だった。
 

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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