「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」 第81回 米ドルの覇権は本当に終わるのか?
2023年1月17日、サウジアラビアのジャドアーン財務相は、ドル以外の流通通貨を用いた貿易に関する談話を発表しました。その中で彼は「サウジアラビアはユーロやサウジ・リヤルなど、米ドル以外の貿易決済についての協議にオープンだ」と述べ、今後原油の取引が米ドル以外の通貨で行われる可能性に含みを持たせました。
さらに2023年7月15日、UAEのムハンマド大統領はインドのモディ首相と会談を行い、それまでは米ドル建てで実施してきた貿易決済を、今後は両国の通貨に切り替えることに同意しました。これにより決済コストの低減が期待されており、既にインドは原油の輸入時にルピー建てでの取引をスタートさせています。
確かにこれまで原油の取引は、米ドルを決済通貨とする契約、もしくは不文律があり、それゆえに米ドルは「ペドロダラー」と呼ばれてもきました。このペドロダラーこそが、米ドルの覇権を支える後ろ盾になってきたと言っても過言ではありません。しかしながら近年は、このように産油国が米ドル以外での決済にも応じるようになってきています。
このような状況に対して、一部の人たちは「米ドルの覇権は終わった」と主張します。彼らは米ドルの権威の失墜に伴って、国際社会における米国の力も弱まると考えます。こういった主張はX(旧Twitter)をはじめとするソーシャルメディアで広く見られ、センセーショナルな記事と共に拡散されることも度々あります。このコラムの読者の皆様も、そういった記事や投稿を目にしたことがあるに違いありません。
一方で本当に米ドルの覇権が終わりに近づいているのであれば、その兆候が現時点でも見られるはずです。ところがこの数年は、ドル安になるどころかドル高の傾向が続いています。これは日本円に対してだけでなく、ユーロや中国元といった他の主要通貨に対しても同様です。それで米ドルの将来を予測するのであれば、センセーショナルな記事に踊らされることなく、バランスの取れた見方が必要だと言えます。
ではどうすればそれが分かりますか?この点で統計は重要です。統計を調べれば、これまで米ドルの流通量がどのように推移してきたのか、それにより世界経済の中で米ドルがどれだけ支配的な地位を占めてきたのかを理解できます。それは米国経済の強さや脆弱性を浮き彫りにすると同時に、今の世界が抱える課題についても明らかにしてくれるかもしれません。それ故に統計は重要です。
ただ世界の統計に加えて、日本の統計にも注目する必要があります。日本は食料自給率もエネルギー自給率も低く、輸入依存度の非常に高い国です。そして多くの貿易において、決済は米ドルで行われます。ですから米ドルの将来が、日本の将来を決定付けると言っても過言ではありません。それで日本の統計を調べることも確かに大切です。
その一方で統計だけでは見えて来ない分野があります。それは米ドルの為替の影響を受ける人々が発する「生の声」です。これは米国だけではありません。世界にはドルペッグ制(自国通貨と米ドルの交換レートを固定化する制度)を採用している国が少なからずあり、それらの国々では米ドルの為替が日々の生活を大きく左右します。さらに言うならば、途上国や新興国の中には、流通通貨が米ドルという国も存在しており、こういった国々では米ドルの価値の棄損が生計を直撃します。そしてこういった国で生活する人たちの生活の実態というものは、統計からはなかなか見えて来ず、彼らの声に耳を傾けて初めて理解できるものです。ですから「生の声」も重要なのです。
この点で私は香港とマレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営していますが、取引先の中にはこういったドルペッグ制を採用している国や、米ドルが流通通貨になっている国もあります。加えて海上運賃やコンテナのリース契約など、海運業界の決済は基本的に米ドル建てで行われます。この米ドルという共通の指標があるからこそ、異なる国同士でもビジネスを円滑に行える訳ですが、同時に米ドルの為替に業界全体が大きく左右されます。私はこういった状況を日々目の当たりにしていますので、この米ドルの問題について語るのに確かに有利な立場にいます。
それで今日は「米ドルの覇権は本当に終わるのか?」というテーマでコラムを書きます。最初に海外の統計を用いて、米ドルの流通量や決済通貨としての力量を俯瞰します。次に日本の統計も交えながら、現在の日本経済が抱える脆弱性を深掘りします。最後に私自身の海外における会社経営の経験も踏まえながら、今後の米ドルの行方に関しての見通しを述べると共に、投資や資産運用を行う際に、米ドルにはどのようなアドバンテージとディスアドバンテージがあって、どんな点に留意すべきなのか、具体的な提言を行いたいと思います。外貨建ての投資や資産運用に関心をお持ちの方には、特にお読みいただきたい内容です。長文になりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
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ちゃん社長のコンテナ・海運業界・マレーシアの裏話。
香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…
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