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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第61話 隔離生活の中で見えたもの

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/n1a0947b70a9d
 
 この話は2020年まで遡る。マレーシアの港湾でコンテナリース会社を経営する氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)は、この日、自宅でテレビのニュースを見ていた。年の初めから始まった新型コロナウイルスの感染拡大はとどまる事を知らず、それはマレーシアにも深い影を落としていた。そして3月16日、マレーシア政府はついにMovement Control Order (MCO)、つまりロックダウンの実施を発表した。
 

 
 そしてマレーシア政府が国民に課したロックダウンは、世界でも屈指の厳格なものだった。政府はエッセンシャルワーカー業務を指定し、それ以外の会社や商店、学校などは全てクローズとした。加えて買い物も自宅の近隣でしか許されず、それも一家で外出できるのは一名までと定められた。さらには違反者を取り締まるために、街の至る所に警察に加えて軍隊までもが配置された。もし2名以上で道を歩けば、それだけで逮捕されるほどの厳しさだった。
 
 さらにマレーシア政府はクラスター対策にも躍起になった。例えばマンションでクラスターが発生すると、そのマンション全体が2週間にわたり問答無用で封鎖された。建物の入り口には有刺鉄線が張られ、そこを警察と軍隊が監視した。その間、住民は一歩も部屋から出ることが許されず、食事は全て配給制となった。
 

 
 一方で氷堂の会社の経営も苦境に陥っていた。幸いマレーシア政府は港湾従事者をエッセンシャルワーカーと認定したため、会社を閉めることなく営業を継続することはできた。しかしクラスターを防ぐため、政府は従業員の出勤率を50%以下に抑えることを義務付けた。無論その間にも出勤していない社員の給料は発生するのだが、国からの補助金はほぼゼロに等しかった。正に先が見えないトンネルのような状態だった。
 
 さて気が付くと、スマホの通知音が鳴った。良く見るとそれはLINEの通知だった。海外でLINEを使用している人は極めて少ないため、「誰だろう」と思って画面を見ると、それは母親からのメッセージだった。そこには次の言葉が残されていた。
 
 
『おばあちゃんが入院して危篤です。もう長くは持たないかもしれません。』
 
 
 そのメッセージを見て、氷堂は狼狽した。入院したのは氷堂の母方の祖母で、年齢は90代半ばだ。氷堂は小さい頃からおばあちゃん子だった。共働きをしていた両親に代わり、近くに住んでいた祖母はいつも氷堂の面倒を見てくれた。ちなみに4人いる祖父母のうち、3人は既に他界しており、この母方の祖母だけが存命だった。何よりも氷堂は祖母をこよなく愛しており、帰国するたびに必ず彼女のもとへと足を運んでいた。氷堂も祖母に会うのが楽しみだったし、祖母の方も孫に会えるのを心待ちにしていた。その祖母が、病に倒れ、間もなく息を引き取ろうとしていた。
 
 氷堂は考えた。「帰国するべきか。しないべきか」と。平時なら迷うことなく飛行機のチケットを取って飛んで帰るだろう。しかし今はパンデミックの只中だ。今から帰国しても、日本では2週間の隔離が待っている。その間に祖母が息を引き取ってしまう可能性は高い。また仮に何とか生き延びたとしても、今の病院はコロナで面会条件が厳しくなっており、入院中の祖母に会えない可能性もある。さらに日本からマレーシアに戻ってきた際にも、再び2週間の隔離が待っている。しかも会社の苦境の最中だ。
 
 それで氷堂は会社のCOOであるカイルディンに電話を入れた。カイルディンは2016年に氷堂が会社を立ち上げた際に大手物流会社からヘッドハンティングしてきた50代の大柄の男で、ここまで二人三脚で会社を大きくしてきた。氷堂が祖母の病状について説明すると、カイルディンはこう尋ねた。
 
「なるほど、状況は良く分かったよ。それでリツはどうしたいんだ?日本に一旦帰りたいのか?」
 
 それに対して氷堂も答えた。
 
「もし今が普通の状態なら、すぐにでも帰るよ。でも今はコロナで会社の経営も大変だし、それに今会社を離れたら、最短でも1ヶ月は戻って来ることができない。そう考えると行けないよ」。
 
 するとカイルディンは答えた。
 
「なぁリツ、お前がおばあちゃんの事を大好きなのは良く知っている。絶対に行った方が良いだろう。リツがいない間、会社は俺が守る。社長の代わりは俺ができるが、孫の代わりはお前しかできない。そうだろ?」
 
 カイルディンの寛大な申し出に、氷堂は息が詰まった。確かにカイルディンの言うとおりだ。もしここで帰らなければ、一生後悔するかもしれない。それで氷堂はカイルディンに言った。
 
「分かったよ。本当にありがとう。できる限り早く戻って来る。迷惑をかけてすまないけど、電話やメールは出られるはずだから、いつでも連絡してほしい」。
 
 そう言うと氷堂は電話を切った。そしてすぐに日本へのフライトの予約に入った。しかしその後に氷堂が直面したのは、日本・マレーシア両国の水際対策の厳しさと、それに伴う非情な現実だった。
  

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マガジンは毎週1回、月4回更新します。コンテナ業界の裏話を含んだ自伝的小説「Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア)」と、日本の構造的問題を海外の経営者の視点で統計と共に読み解くコラム「海外から見た、日本の良い点・おかしな点」を隔週で更新。貿易に関心がある方、海運やコンテナ関連の株をお持ちの方、またマレーシア在住者を含む海外移住者やそれを目標にしている方、更には日本の行政や教育システムに疑問をお持ちの方に有用な情報をお届けします。

香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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