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Container from Malaysia(コンテナ フロム マレーシア) 第30話 海洋の楽園の苦悩

前回の話はこちらから
 
https://note.com/malaysiachansan/n/n872a599b87c1
 
 2022年4月某日、氷堂律(ひょうどうりつ、通称ちゃん社長)はマレーシア・ポートクランの港湾事務局にいた。ポートクランにはウエストポート・サウスポイント・ノースポートの3つの大きな港湾があるのだが、氷堂の会社が所属しているのはノースポートだ。この日、氷堂はノースポート当局の副長官であるイスマイル氏(仮名)との打ち合わせの約束があった。
 

 
 イスマイルは大の日本好きであり、コロナ前には年に何度も日本に旅行へ出かけていた。その事もあって、彼は氷堂の事を個人的に可愛がっており、定期的にこのような打ち合わせの場を作っては氷堂の困り事に耳を傾けてくれていた。そして氷堂がイスマイルの執務室に入ると、彼はこういった。
 
「リツさん、わざわざ足を運んで下さりありがとうございます。ところで日本は開国しましたか?今年こそは日本へ旅行に行きたいと願っているのですが。」
 
 どうやらイスマイルも日本が外国人観光客を受け入れる日を心待ちにしているらしい。氷堂も答える。
 
「そうですね。まだ日本は完全には開国しておらず、今後はツアー客から徐々に外国人観光客を入れていくようです。日本は高齢者が多いので、コロナにはセンシティブになっているんです。私も一日も早く自由に行き来できる日が来て欲しいと願っています。」
 
 その返答を聞いたイスマイルは、少し残念そうなそうな顔をしながら言った。
 
「そうでしたか…でも私は待ちますよ。開国したら一番にチケットを取って日本に行くつもりです。ところでリツさん、今日はどんなお悩みがあるのでしょうか?」
 
 ようやく本論に入る事ができた。いつでもイスマイルはこうやって氷堂の力になってくれる。氷堂がマレーシアでの事業を軌道に乗せられたのも、イスマイルのおかげと言っても過言ではないかもしれない。氷堂は話す。
 
「イスマイルさん、この4月でようやくマレーシアも開国しました。この間、私は海外に営業へ出掛けられませんでした。この後れを取り戻すべく、今月から一気に海外出張を再開しています。例えば既にサウジアラビアとバングラデシュへ出張の予定が入っています。ただこれらは既存の取引先なので、今後は新規の取引先も開拓していきたいと願っています。それでイスマイルさんの方で、どこかご紹介頂ける営業先候補はないでしょうか?もしあれば、是非共有して頂ければ大変有り難いのですが。」
 
 氷堂は真剣にイスマイルに頼んだ。イスマイルは10秒ほど考え込んだ末に、次の様に述べた。
 
「リツさん、モルディブはどうですか?」
 
 氷堂はまさかここでモルディブの名前が出てくるとは思わなかった。氷堂は10年以上前、付き合っていた彼女と一度だけモルディブの水上コテージに行った事があった。
 

 
 美しい海と白い砂浜、そこは正に海洋の楽園だった。今振り返れば懐かしい思い出だ。しかしモルディブ=ビーチリゾートのイメージが強すぎて、そこに港湾があるという印象は全くなかった。氷堂の目を見ながら、イスマイルは更に話を続けた。
 
「実はですね、我々ノースポートは2021年11月に、モルディブの港湾運営会社と姉妹港協定を結んだんですよ。」
 

 
「リツさん、これはどういう事かと言いますと、この先モルディブでは港湾開発が計画されているのですが、彼らはそのノウハウを持っていません。そこで私たちと彼らが姉妹港になる事によって、人的・技術的・金銭的支援が行われるようになります。こうする事で、モルディブの港湾開発の権利を私たちノースポートが確保できるんです。」
 
 氷堂は「なるほど」と感じた。確かに中東や南アジアの港湾は、既に開発がある程度完了している。一方でモルディブの様な小さな島国は、まだ十分に開発の余地がある。特にモルディブはインド洋のシーレーンの要衝にある。ここを前もって抑えておくことで、ノースポートに寄港する船舶の数を増やそうと目論んでいる訳だ。
 
 氷堂は即答した。
 
「それは面白そうですね。是非紹介してください。弊社自身もまだ開業して6年しか経過していない若い会社ですから、そういった新興国との取引は大いに望むところです。」
 
 氷堂の回答を聞き、イスマイルも嬉しそうに言った。
 
「それは良かったです。私も昨年に姉妹港協定が結ばれて以降、早くモルディブに行きたいと思っていました。ただ当時は国境も閉じていましたから、契約自体はオンラインで行われたんです。しかし現在は既にマレーシアもモルディブも開国しています。それでもし宜しければ、ご一緒にモルディブへ行きませんか?その方が話も早いでしょう。」
 
 急なモルディブ行きの話に氷堂も驚いたが、当然断る理由などは見つからなかった。「是非お願いします」と氷堂が答えると、イスマイルも言った。
 
「では2週間後の月曜日から行きましょう。」
 
 こうして氷堂とイスマイルのモルディブ行きの出張が急遽決定した。しかしその後氷堂がモルディブで目にしたものは、表向きの楽園の光景とは大きくかけ離れた、想像を上回る国民の苦悩だった。

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香港・マレーシアでコンテナリース会社を経営中。マレーシア在住。コンテナや海運業界の裏話や、海外から見た日本の素晴らしい点やおかしな点を統計…

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