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ジャック・マイヨール自伝を元にした映画『グラン・ブルー』(1988)〜深海の静寂と溶融〜

🎬🇫🇷🇮🇹フランスのリュック・ベッソン監督の初期作品で、ジャン・レノの出世作でもある映画『グラン・ブルー(Le Grand Bleu)』(1988)を鑑賞した。素潜り界の伝説的存在であるフランス人のフリーダイバー、ジャック・マイヨール(Jacques Mayol)の自伝をもとにした映画である。この映画のロケ地はイタリアのシチリア島東部屈指のリゾート地、タオルミーナ(Taormina)であり、なんと言っても景観が素晴らしい。タオルミーナの高台の展望台から見えるベッラ島(Isola Bella=美しい島)などの映像の美しさだけでも一見の価値はある。その青く澄んだ地中海の光と、素潜りでダイブしていく暗い深海の世界とが対照をなしている。

この映画の大きな話の筋は、エンゾ・モリナーリ(イタリア人ダイバー)とジャック・マイヨール(イルカに恋するフランス人ダイバー)という幼い頃からライバル扱いされていた二人の潜水夫が、大人になってから再会し、フリーダイビングの世界記録を競い合うというものである。ジャックはギリシアでの子供時代に、潜水夫である父が潜水中の事故により死亡したことで大きな喪失感を抱えており、イルカだけが心の拠り所となっている。モデルとなった実在のジャック・マイヨールは上海フランス租界で幼少時代を過ごし、毎年夏休みを日本の長崎県の唐津の海で過ごし、そこで素潜りを覚えた。その唐津の七ツ釜でイルカとの運命的な出逢いも果たした。晩年は多くの時間を千葉の館山の別荘で過ごしたらしい。この映画の主人公はジャック・マイヨールだが、ジャン・レノ演じるエンゾの個性的なキャラクターも印象的だ。エンゾが頭が上がらないママの存在感にも圧倒される。この映画はエンゾとジャックの友情と、イルカに魅せられてしまったジャックのお伽噺的なファンタジーの叙情的演出が巧みだ。

海水の外と中とでは、全く別の世界が広がっている。海水の中はどこまでも静寂が広がっていて、人体の生理医学的な限界さえなければ永遠に留まっていたくなるそうだ。深度100メートルを潜れるダイバーは世界でも数少ないが、彼らが口を揃えて言うのは、深度100メートルを越える頃になると、身体がまるで溶けていくようで、自分の身体が海の一部になっていくような感覚がするのだそうである。どこまでも静寂で、海と一つになって拡がっていく感覚。

ただ、そんな海の水底に安息を見出す男に想いを寄せてしまった人は溜まったものではない。ジャックと愛し合って子供を身籠っても、かれを繋ぎ止めることのできないロザンナ・アークエット演じるヒロインの慟哭はあまりに激しい。それでも、彼女は恋人のジャックを理解しようとし、最後には彼女自ら、最愛の人であるジャックを海底に送り出すという残酷な結末を迎えるのである。

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