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NoMaps MITメディアラボ 石井裕教授の講演から

北海道を舞台に、新しい価値を生み出し、クリエイティブな発想や技術によって、次の社会・未来を創ろうとする人たちのためのイベントNoMaps。そのオープニングトークで、札幌出身(東京生まれ)、MIT(マサチューセッツ工科大学)の教授である石井裕先生がオンラインで登壇された。

題して、MITメディアラボ石井裕キーノート「未踏峰連山」

幸いにも、このトークを観ることができた。本当に貴重で感銘を受けた内容で、大きな刺激を受けた。

イベント名NoMapsには、「地図なき領域を開拓する」という意味が込められている。NTTからアラン・ケイに誘われてMITに転身された石井裕先生の人生もまた、地図無き領域を開拓してきた道のりとそっくりと重なるところがあるという。

リテラポプリ、TEDxSapporo

石井裕先生の事を知ったのはいまから10年近くも前のことだろうか。何がきっかけで知ったのかは詳しく覚えていないが、私もCoSTEP出関わったことがある北大の広報誌『リテラポプリ』43号で石井裕先生のツイートが紹介されていた。

そして、2014年にはTEDxSapporoで石井先生のプレゼンを生で見ることができた。

工学とアートを融合させる魔法のような発明は、なんとも魅力的な吸引力がある。単に同郷の先輩というだけではなく、石井先生の考え方や発想にずっと大きくインスパイアされてきた。

石井裕の三感、三力

今回最も印象的だったのは、石井先生が説く三感(飢餓感、屈辱感、孤高感)、そして三力(出杭力、道程力、造山力)という考え方だ。

飢餓感
今目の前にあるチャンスを決して見逃さず、瞬時に食らいつける知的飢餓感と瞬発力。

屈辱感
今日、まともに評価してもらえない悔しさをいつの日か世界を「あっ!」と言わせてやるぞという、正のバネに変換する内燃機関。

孤高感
誰も褒めてくれない、支援してくれない、理解してくれない。それが未踏峰連山を目指す独走人の到達すべき究極の境地。

そして、三力

出杭力
出る杭は打たれる。しかし、出すぎた杭は、誰にも打てない。

道程力
100mトラックを人より速く走ることは、真の独走ではない。誰も分け入ったことのない原野をひとり切り開き、まだ生まれ愛知ない道を、ひとり全力疾走すること、それが競
創だ。そこには観客も審判もストップウォッチも存在しない。

造山力

僕がMITを選んだ理由、それは頂が雲に隠れて見えない高い山だったから、そして頂へと続く道がなかったから。しかしそれが幻想だったことを思い知る。登頂すべき山なぞ一から存在していなかった事を。その山を海抜ゼロから創り上げ、そして5年以内に世界初登庁すること、それがMIT生き残りの条件。

今でこそ、石井先生の研究成果がきらびやかで華々しく映るが、その影には血のにじむような努力の末に達成されたのは想像に難くない。きっと、人には言えないような屈辱を味わったことも一度や二度ではないと思う。事実、トークの終盤で、「MITでは死ぬ思いをした」と吐露されており、その苦労が偲ばれる。そこに石井裕先生の人間力のすごさを垣間見たように思えた。


もっと文学を読め

トークの最後に、ユースホステルを旅をしながら泊まり歩いていた若かりし時代、懐には若山牧水、他ネタ山頭火、立原道造、宮澤賢治の詩集を携えていたという話をされた。
「若い頃は文学に溺れていた時期があった。だからみなさん、もっと文学を読んでください」と呼びかけた。

もっと文学を読め、この言葉を石井先生から聞くとは思わなかった。だが、非常に納得した。そして、大きく励まされた。

工学をアートに昇華させるクリエイティブな石井先生の発想は、若い時代に文学で豊かな感性を育んだからこそ達成できたのだと思う。世界最先端の理系トップランナーが「文学を読んでください」と熱く語る姿は、文学が風前の灯火となっているこの時代において、本当に勇気づけられるものだ。

私からも言いたい。クリエイティブな感性を磨きたかったら、もっと文学を読もう、と。

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