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ヴァイオレット・エヴァーガーデンについて語りたい

注意書きと前書き

※この文章にはアニメ作品「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデン」のストーリーに関する詳細な記述があります。

さて、久しぶりに好きな作品について語るシリーズ。
「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」は、僕がこの世で一番好きなアニメ作品だ。
Netflixでしか配信されておらず、なかなか「見たことがある」という人に出会えない作品だが、好きなアニメやおすすめのアニメを聞かれたら必ず名前を挙げる作品だ。
ただ、タイトルからはどういう話か分からないと思う。

物語の始まり

ヴァイオレット・エヴァーガーデンというのは、この作品の主人公である少女の名前である。

ヴァイオレットは、命令に従って戦うだけの「道具」として戦場に生きてきた。
少女でありながらとてつもない戦闘力を持っているが、感情を持たない。
正確には感情を深く理解できない。
言葉自体の意味は理解していても、その感情が自分の中に生まれてもそれを自覚することはできないのだ。

そんな彼女を、少しでも普通の少女として生きさせたいと考え、言葉や文字を教えたのが、上官であり庇護者であるギルベルト・ブーゲンビリア少佐だった。
ヴァイオレットは次第にギルベルトに心を開き、慕うようになる。
ギルベルトもヴァイオレットをとても大切に思っていた。
しかし、戦争の最終作戦において、ヴァイオレットはギルベルトと離れ離れになり、彼女も自身の両腕を失うこととなる。
戦争が終わって、次に彼女が目を覚ましたのは病院のベッドの上、両腕は金属の義手になっていた。

そんな彼女をギルベルトに代わって迎えに来たのは、元陸軍中佐で現在はC.H郵便社の社長であるクラウディア・ホッジンズだった。
退院してホッジンズの元で働き始めたヴァイオレットは、字を書けない人々に代わって手紙を代筆する「自動手記人形(ドール)」という仕事に出会う。
彼女は、ギルベルト少佐が戦場の真っただ中で彼女に告げた「愛してる」という言葉の意味を理解できずにいたが、その言葉の本当の意味を知ることができるのではないかと思い、自動手記人形として働きたいと希望する。

この作品を好きなポイント

ざっとあらすじはこんな感じだ。
作品自体は、ヴァイオレットが代筆の仕事をしていく中で出会った人々の感情や現在過去未来にフォーカスし、それに触れたヴァイオレットがどんどん「感情」を理解していく、というストーリーが続く。

まず、この作品、声優さんがすごくいい。
ヴァイオレット・エヴァーガーデンは「進撃の巨人」や「ニーアオートマタ」にも出演している石川由依さん。
クラウディア・ホッジンズは「ジョジョの奇妙な冒険」や「銀魂」にも出演している子安武人さん。
他にも、一度はどこかで声を聞いたことがあるであろう声優さんがたくさん出演されている。
アニメの完成度を大きく左右するキャストにベテラン声優が多く参加しているというのは、やはり重要な要素だ。

次に、作画。
このアニメは神がかった作画で名高い、京都アニメーションの製作だ。
表情一つ背景一つとっても、ものすごいクオリティの高い描写がされている。
アニメにおける登場人物の小さな表情や背景の変化が、小説で言うところの「地の文」、情景描写を担っているのは言うまでもない。
京都アニメーションの作品は、そういった描写が本当に素晴らしいのだ。
揺れ動く光、その光によって生まれる影、影によって変化する背景や表情、それらが本当に細かくきれいに描写されている。

そして、Evan Callによる音楽。
BGMが違えば、どれだけ作画が素晴らしく、キャストの豊かな表現があっても、シーンを台無しにしてしまう。
しかし、この作品は、BGMだけを聞いていてもそのシーンの情景が浮かぶような、本当に素晴らしい音楽が使われている。
また、BGMがないことですら、表現になっており、BGMが始まる瞬間、BGMが終わって無音になる瞬間ですら、表現だ。

その他にも素晴らしいポイントやもっと細かく語れるシーンなどがあるのだが、割愛させていただく。
そういったいろいろなものが重なり合って、この「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」という作品が織り成されている。
本当に、美しくて切なくて素晴らしい作品だ。

一番好きな話

僕が全編を通して一番好きな話は、第七話だ。
第七話は、人気戯曲家のオスカー・ワイルドの元へヴァイオレットが訪れる話だ。

オスカーには自分の命より大切な愛する娘・オリビアがいた。
オリビアは湖畔で日傘をさしながら歩くのが好きだった。
オリビアは病によって短い人生を終える。

オスカーは、生前のオリビアに語っていた物語を、子供向けの戯曲として執筆していたが、最後のシーンで行き詰ってしまう。
旅を終えた主人公が、父の元へ、風の精霊の力を借りて傘で飛んで帰るシーン。
物語の主人公に重ねて、「日傘で空を飛んで、湖を渡ってくれ」とヴァイオレットに向かって冗談を言うオスカー。
しかしそれを真に受けたヴァイオレットは、オリビアの日傘をもって湖に向かって大きく跳躍する。

「わたしもこの湖を渡ってみたい。あの落ち葉の上なら、歩けるかなぁ…」
「いつか…きっと見せてあげるね、お父さん」

オスカーはそのヴァイオレットの姿に、成長した「いつか」のオリビアの姿を重ねて涙する。

「あと何千回だって、そう呼ばれたかった…」
「死なないでほしかったな…生きて、大きく育って、欲しかったな…」

代筆を終え帰路に就くヴァイオレットをオスカーは
「君は、死んだ娘の『いつかきっと』を叶えてくれた」
と優しい瞳で見送る。

まず、作画が本当に美しいのだ。
ふわりと揺れるヴァイオレットの服、舞い散る落ち葉、湖の水面をはねるしずく…
全てが本当に美しく、このシーンだけで溜息と涙が出る。
その後のオスカーのモノローグに、娘への愛を感じ、愛する者といつまでも一緒に過ごしたいという人間なら誰もが思っているであろう感情に共感する。

そして、ヴァイオレットは彼女が戦場で奪った命にも「いつかきっと」があったのではないか、誰かにとって大切な人の「いつかきっと」を奪ったのではないか、とヴァイオレットの感情に大きな変化が現れる話でもある。
ある意味、この第七話が物語のターニングポイントになっているともいえる。

ぜひ読んで欲しい

語り始めれば本当にたくさん語りたいポイントがあるのだが、「見て感じて欲しい」と思う。
きっと涙なしには見られないだろう。

さて、今日のところは、こんなところで。
ではまた。

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