人間万事塞翁が馬

別になんて事のない風景だったはず。
その日は連がドラマの撮影で遅くなる、だから阿部ちゃん、ふっかとご飯を食べた。
その後、近くの公園でも散歩しようかと公園にやって来た。
すると、中程まで来た時に人だかりが出来ていた。
なんだろうね?
なんて言いながら近づくと、ドラマの撮影をしていた。
ひょっとして、と思ったらやっぱり連がいる。
「おー、やってるねぇ」
そんな事を言いながら見ていた。
監督が本番の掛け声をかける。
連と、共演の女優さんが演技を初めて、そして………。

一瞬時が止まったかと思った。
ただの演技、わかってる。
ただの仕事、わかってる、わかってるのに、ショックだった。

ただのキスシーン。
それなのに酷くショックを受けていた。

「カーット!」

この声にはっとする。
いけない、しっかりしないと。
こんな自分は誰にも見せたくない。
それなのに、こんな時に限って連は俺たちに気づいてしまう。
一瞬、驚いた顔をして、小さく手を上げる。
それに、小さく手を上げてその場を後にする。
俺は上手く笑えてただろうか?

家に戻りシャワーを浴びて1人。
ボーとしていた。
何がショックなのか、分かってる。
俺は未だに連とそういう関係になれていない。
どうしてもあと一歩が踏み出せないでいる。
もし、俺と付き合ってなければ?
他の人と付き合っていれば?
連は何の障害もなく恋愛出来てたんじゃ?
キスシーンはそんなありもしない形を見せつけられたようだった。
バカな事ばかり考えている。
ダメだな、たかがキスシーン1つでこんなショック受けてどうするんだ。
分かってるのに、負のループにハマってしまったようだった。
明日には普通に戻らなければ、そう思うのに………。
「ダメだなぁ」
ホロリ、流れた涙は決壊したように溢れて止まらなくなった。
そんな時、スマホの通知が鳴る。
横目で見ると、LINEの通知。
名前は、連。
一言、部屋の前にいるから開けて。
ドクリ、心臓が粟立つ。
きっと気づかれた。
どうしよう?
居留守を使おうか?
けれど、逃げてはいけない気がして………。
グイ、と涙を拭き、深呼吸を1つ、玄関に向かった。

招き入れたリビング。
俺を見ると、
「何かあった?」
鋭いなぁ、なんて思いながら、首を横に振る。
「なん………で?」
連の顔は見れてない。
「涙の跡」
優しく頬を撫でられた。
「ひょっとしてキスシーン?」
突かれた確信にビクリ、と肩が揺れる。
「大丈夫だよ、仕事だってわ
かってる」
上手く笑えてるだろうか?
「じゃあ、何でそんな顔してるの?」
普通だよ、言っても、
きっと連にはお見通しなんだろうな、思ってたら案の定
「俺には話せない?」
違う
「俺じゃ頼りにならない?」違うっ
「年下だから?」
違うっ!
少しの沈黙、それから連のため息。
「じゃあ、何で泣くの?」
泣くまい、決めてたのに情けなくも俺の涙腺は簡単に破れてしまった。
「大介?」
でも、まだ大丈夫。
「大丈夫だから、俺の問題だから、大丈夫」
自分自身に言い聞かせるように言うと、
連が少し怒った声をだす。
「ねぇ、俺は恋人が、こんな辛そうにしてるのを見過ごす程冷たい人間じゃないつもりだよ。
大介はあのキスシーンの何にそんなに傷ついてるの?」
大介、優しく問われて俺の中の何かが決壊してしまう。
「連、は、俺と付き合ってて幸せ?」
1度口に出してしまうと、止まらなかった。
「俺は、連に答える事も出来てない。
こんな、俺よりもっと良い人いるんじゃないかって」
「大介、怒るよ」
「だって、そうじゃないか!
恋人に、我慢強いてばかりで………。
俺じゃなかったら、我慢する事もなかったでしょ?
それに………」
これを、言ったら連は絶対怒るだろうな、
けれど、ずっと思っていた。
きっと………、

「俺は汚い」

「大介!」
今度こそ怒った連に口を塞がれてしまう。
「…………っ」
「俺の大好きな大介の事、そんな風に言わないで、悲しくなる」
「だって………、俺だって連にこたえたいのに………。
こんな事考えたくけど……」
どうしても、考えてしまうのだ。
「こんな、俺、大嫌いだっ………」
投げ捨てるように言うと、暖かいものに包まれた。
それが連の胸で、抱きしめられたのだとすぐに気がついた。
気がつくと連の背に腕を回してしがみついていた。

「決めた」
突然だった。
連はそう言うと俺を抱き上げる。
そして、部屋の奥、寝室へ向かう。
まさか!
「どこ、行くの?」
連は答えない。
「ねぇ、連!」
「この方が良いんだ」
そう言うと、寝室に入る。
「やだ!連!」
無言で進めようとする連が怖い。
それなのに、連は俺をいとも簡単にベッドに沈めてしまう。
「やめて、おねがっ」
続くはずの言葉は連のキスに飲まれていく。
こんなのは初めてだった。
口中を蹂躪されて、頭がぼうとしてくる。
「や……だ、れ……ん」
「ごめん、でも、この方が良いんだ。
大介の、その考えが意味ないって教えてあげるよ」
もう、何がなんだか、わからなかった。
自分がどうなってるかも、あやふやで………。
ただ、このまま連に抱かれてしまうのだ、と覚悟を決めるしかなかった。

汗に貼りついた前髪。
それを、優しく掻き分ける手。
「大丈夫?」
そんな優しくしたって簡単には許してやらないのだ。
「大介?」
呼ぶ声にも簡単には答えてやらない。
俺は怒っているのだから。
どんなに、優しかったとしても、宝物のように大切に扱われたとしても、だ!
俺は嫌だと言ったし、やめてとも言った。
それなのに、無理やりなんて酷いと思う。
心の準備もさせて貰えなかった。
そりゃ、少し………かなり、乱れたり、連にしがみついたり、いろいろ、痴態を晒してしまった………けど…………。
「だーいすけ?」
クスクス笑う声に、羞恥心の方が勝るのも仕方ないと思う。
連がごきげんなのも腹立たしい。
「やだって言った」
ぼそり、
「やめてって、言った」
ぼそぼそ、抗議をする。
「ごめんって、
でもさ、本当に嫌だった?」
ギクリ、それを言われると痛い。
「何ならもう1回身体に聞こうか?」
「聞かないで良いよ!」
思わず大きな声を出すと、
ぎゅ、と抱きしめられる。
「良かった」
そういう、連の手は少し震えていて、連も怖かったのだ、と知った。
「無茶しすぎ」
「ごめん」
お互い怖かったのは、つまるところ俺が兄との事で、フラッシュバックをおこさないか、その1点で、終わってしまえば、まさに、産むが易し、
だったと言うことで………。
なんだかなぁ、と、悩んでいた自分が情けなくも、可笑しくなってくる。
「もうあんな事言わない?」
連の言葉に、言わないよ、としっかり答えた。
窓から眩く指す朝日が俺と連を優しく照らしていた。


あとがき

おかしい、本当はさっくんから誘う予定だったのに………。
結果めめくん暴走(笑)
いや、作者が好きなんだな、こういう展開(笑)

さて、ここから連絡事項。
今日からこれを含め、暫く家族の形のスピンオフを何本か上げていく予定です。
予定では、これを入れて、4〜5本になるかと思います。
よろしくです。
あ、最後の話のタイトルは決まっていて、
Happy Anniversary
です。
それまでは、家族の形、スピンオフのお話しになります。


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