はじめに


本書は、イギリス在住の日本人プログラマである私が、3ヶ月間のシードアクセラレータープログラムに参加した際の体験記です。

「シードアクセラレーター」という言葉になじみのある方はまだ少ないかもしれません。数パーセントの株式と引き換えに、比較的小規模(100〜200万円)の投資を受けるプログラムです。しかしながらシードアクセラレーターの肝は投資以外にあります。同じように投資を受けたばかりの若い会社を同じ場所に、同じ期間集め、様々な起業に関するレクチャーや、各業界の専門家を呼んできてアドバイスをもらえたりする「スタートアップ養成スクール」といっても良いでしょう。

これはオンライン・ストレージ・サービスである「Dropbox」や、個人宅を宿泊先として提供する「Airbnb」といった企業を輩出した「Yコンビネーター」という会社が2005年に始めた投資プログラムが発祥です。

Yコンビネーターの話などを聞いていると「アメリカの有名大学出身の若者や、世界から一攫千金を目指した人々が超難関のプログラムをくぐり抜け、多額の投資金をベンチャーキャピタルから調達する」といったアメリカンドリームな印象を受けます。

確かに今でもYコンビネーターは狭き門ですが、現在は世界中で似たようなプログラムがあり、「起業したい」と思ったときの選択肢は広く、敷居は確実に下がっていると思います。

私は数あるプログラムの中からイギリスの、そして環境、教育、医療と言った社会問題に取り組む会社を専門としたプログラムに参加し、そのときの模様を毎週のようにHatena Diaryに「Benkyo Diary」というタイトルで書いていました。

本書はその日記に大幅修正、加筆を加えたものです。

この本の対象読者

まずいきなり「対象でない読者」をあげると「サクセスストーリーに興味がある」読者になるでしょう。私の会社自体が現在進行形なため、まだ成功にはほど遠い状態です。どっちかといえば失敗に傾きつつあるといった方が正確でしょう。

ではどういった方に興味深く読んでいただけるか。以下の項目の一つにでも興味ある方は楽しんで読んでいただけるのではと思っています。

エンジニア、プログラマからの起業
私自身卒業してからずっとITエンジニア一筋の社会人生活を送ってきました。マーケティング、営業、経営といったスキルは圧倒的に不足しているのですが、ウェブサービスで起業を考えている場合、「自分でウェブサイトを一からつくれる」というスキルはとても重宝します。

私のようなエンジニア、プログラマの方で起業を考えている方に、半歩だけ先をいっている私の経験をお伝えすることで、あなたの背中を一押しできればと思っています。

海外での仕事、起業
私はイギリスに在住してかれこれ9年になります。2005年にロンドンがオリンピック開催国に決定した時には「2012年のロンドンオリンピックまでイギリスにいられるかな?」と妻と話していたのですが、もうそのオリンピックも過去の話になり、今は「2020年の東京オリンピックまでに日本に戻れるかな?」と話し始めているところです。「海外でのエンジニアの仕事、起業」というとアメリカの、特にシリコンバレーの模様は多くの方が伝えていると思うのですが、ヨーロッパでの仕事ぶりというのはなかなか事例がないと思います。

シードアクセラレーター
日本でもYコンビネーターなどのプログラムに参加しようと考えてっしゃる方は多いかと思います。また日本でもそれに似たようなプログラムがいくつか出来てきているようです。私がシードアクセラレーターに応募した際に色々リサーチし、複数のプログラムに応募したので、そのときのノウハウをご紹介していきます。

社会起業
「社会貢献」というのは日本ではあまりなじみがなかったかも知れませんが、日本でも東日本大震災を機に、チャリティーやボランティア活動に関わり始めた方も多いのではないでしょうか(かくいう私もその一人です)。

イギリスではチャリティやボランティア活動は非常に活発です。日本だと「社会貢献=手弁当で頑張る」というイメージがあるかもしれませんが、イギリスではチャリティや非営利団体に関してもある程度のマーケットが確立しています。その中でも私が参加した「営利も追求した社会起業」プログラムについて紹介していきます。

EdTech(教育分野におけるテクノロジー)
現在アメリカではEdTech(教育分野におけるテクノロジー)という分野が注目を浴びており、著名なエンジニアがEdTech関係のスタートアップに移ったりしています。またイギリスでも中等教育現場において今までMicrosoft Wordといった「プログラムの使い方」を学ぶだけのICTという授業から、「プログラムの書き方」を学ぶ「Computing」に授業が変更することになっており、プログラミング教育がかつてなく注目を浴びています。

私の最初の起業アイデアはMOOC(Massively Open Online Course)に関係したものです。MOOCは世界中の著名大学の授業をオンラインで只で受講できるという画期的なサービスで、ものすごい勢いで成長している分野です。私の起業アイデアに至るまでの経緯やプログラムへの参加経験を通して、EdTech界隈の最新事情をお伝えします。

ヨーロッパやイギリスにおける政府の景気刺激策
通常起業をする時には「投資家から資金を得る」というのが王道ですが、「政府からの助成金」というのも以外に有効な手段としてイギリスでは存在します。また投資家にとっても「スタートアップに投資することで税制対策が可能」な仕組みを政府が各所にちりばめているということを資金調達活動方法について調べているうちにいろいろ学びました。

この本の対象読者としてはちょっとマイナーかもしれませんが「日本の景気刺激策の政策立案」に関わっているような方にとっても得ることのある一冊になっております。

本書の構成
本書ではプログラムに参加するまでの道のりを描いた第1章と実際の投資プログラムの参加体験記である第2章から成り立ちます。

パート1では私がプログラム参加にいたるまでの経緯を振り返ります。 実は私が起業に挑戦したのは2度目です。1度目は2007年。シードアクセラレーターといった言葉自体あまり知られていない時期でした。当時の状況をふりかえり、そして今回の起業の過程と比較しながら「起業ネタってどうやって思いつくもんなんだろう」「投資プログラムってどういったものがあるんだろう」「社会起業って何?」といった疑問に一つ一つお答えできればと思っています。

パート2ではプログラムの様子を週単位で追っていきます。プログラムの前半はいろいろな新しい知識を仕入れたり、さまさまな出会いを通して興奮、中間部分では自分のアイデアを実際のプログラムに落とし込んでいきながら充実、そして後半では実際につくったサービスを広めるための葛藤、混乱、失望の様子を結構生々しく追っていきます。

パート2の日記はほぼ週に一回書いていたのですが、私の日記の一番の読者である母からよく感想文をもらっていました。母からの叱咤激励の様子も織り込んでいます。

私の会社(benkyo player)はまだ創立から3ヶ月もたたないようなできたてほやほやの会社です。「なんでまだ成功してもないのに本なんか書いてるの? そんなのじゃ全然役に立たないよ」と思われる方もいらっしゃると思います

私がこの本を書こうと思った動機は二つあります。一つ目はこのプログラムが終わった直後に今までの取り組みを振り返り、整理することで、これから私の会社をどういう方向性に持っていけば良いかを考えてみたかったからです。皆さんも私がプログラムに参加した際の軌跡をたどっていくことで「これはまずいよね」「私だったらこうする」ということを一緒に考えながら読み進めると楽しんでいただけるのではと思います。そしてよろしければツイッター(@makoto_inoue)やブログで厳しいご意見をいただければと思っています。

二つ目を正直に告白するとマーケティング目的です。私の会社で作った最初のサービス(Benkyo Player)は「世界に向けた、グローバルな」ものを目指していたのですが、対象を広げすぎると逆にだれにも使ってもらえないという問題に陥っているのではないかと反省しています。そこで現在開発中のサービス(StepUp)は「本書を読んでいる日本の読者にもつかっていただける、でも最終的には世界の人もつかえる」ようなサービスを目指しています。本書の後半でもし自社サービスの宣伝等が顕著になってきたときは「あ〜、ちょっと売り込みモードに入ってるね」と思っていただいて結構です。しかしながら、もし少しでも私のサービスに興味を持っていただいたら実際に使っていただき、フィードバックをいただけるとうれしいです。そしてちゃんと使えるようになった段階でお友達にも紹介して下さいね :-)

謝辞
最初に2010年に他界した父、彰に本書を捧げます。父は大企業で企業戦士として働きながら、80年代当時まだ珍しかったパソコンにいち早く飛びつき、一時期は教育機関向けに計算学習ソフトを販売していました。その当時はまだその方面の開発がなかったので、小学校などにかなり売れたそうです。当時は父も起業を考えていたりしたそうですが、家族に安定した生活を与えるために断念したというのは父の死後、母の口から聴きました。もし父が今も生きていれば、起業や経営論について多いに語り合えたのではと思います。

次に毎週のように私の日記を読んでは叱咤激励のメールを送り続けてくれた母、美恵子に。レビュアの皆さんからは「母からのメールが一番面白い」との言葉を多くいただきました。もし本書が多くの方々に楽しんでいただけるとしたら、それは母のおかげです。

私は比較的楽観的な性格ですが、「起業」という得体の知れないものを始めるとやはりストレスがたまるものです。そんな私を支え続けてくれている「My Lovely Wife」であるジーンにありがとう。週末パソコンばっかりしてごめんね。

私が作ったプロダクトのデザインと、本書のカバーデザインを担当して下さった瀧澤紗由梨さん。会社への貢献度を考えるともっとここで感謝の言葉を述べたいのですが、ネタバレになってしまうので控えておきます。なんかいつも文句ばっかり言っているようですが本当に感謝しているんですよ!

そして間違いの指摘から本書タイトル案選びまで協力して下さったレビュアの皆さんに感謝します。 @SocialCompany さん、上森久之さん、小野達也さん、@Kazuyuki Kohnoさん、西村賢さん、ありがとうございます。

最後になりますが、達人出版会の高橋征義さん。「日記を本にしたいんですけれど」とおそるおそる訪ねた際に快諾して下さり、そして本書をすてきな形に仕上げて下さりありがとうございます。

ではいよいよ本書の幕が開きます。この本を読んでいるのが通勤途中の携帯でか、寝る前のふとんの中かは分かりませんが、ちょっとプチ起業家になった気分で読み進めていきましょう。



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